23話 ミラ・アフター
9日目の夜明け前から、木製の手摺を左右一組、使った歩行訓練セットを作ってみた。バーの高さを調整できるすぐれモノだ。
そう、実は今日からいよいよルリが歩行のリハビリを始めることになっている。小さなコロンは、そのお手伝いだ。
「ゆっくり、ゆっくりでいいんだ」
「コロンがちゃんと支えていまちゅから!」
「く……っ」
ずっと足のマッサージを続けてはいたが、いくら驚くほど軽いルリとはいえ、急に全体重が両足にかかれば、立っているだけで筋肉と関節が悲鳴を上げる。
「ちょっとやったら休憩を挟むんだ。絶対に無理するんじゃないぞ」
「えへへ……っ」
額に汗を浮かべて歯を食いしばりながらも笑い返すルリに、しがみつくように支えるコロン。俺はというと、膝が崩れても転ばないように足元に屈んで、左右の足首を軽く滑らせるようにゆっくり前に出すのを手伝う。
最初だけだ、最初の数日だけが一番辛いんだ、がんばれ、がんばれ、がんばれ。
しばらくして過度に疲れる前にルリを『車椅子』で休ませると、おもむろに剣を二本取り出して【二刀流】の素振りを始める。とにかく繰り返すことで、下手なりに身体に覚えさせてスキルレベルを少しでも早くアップさせるんだ。
それを見ていたコロンが見よう見まねで徒手空拳を振り回す。おー、ひゅんひゅん言って、俺より筋がいいみたいだ。お父さんは嬉しいぞ、うん。
そこへ相変わらず朝の寝起きの悪いはずのアリスが、呆れ顔をしながらわざわざにやって来る。
「何、親バカな顔してんのよ」
「むっ、引き篭もりのアリスの割には最近やたらと朝早いな」
「たまたま目が覚めたのよ、ルリが気になって早起きしたわけじゃ……あ」
「わー、アリスちゃんがツンデレでかわいいです」
「ちゅんでれ?」
「コロンちゃんそれはですね、男の子を籠絡する高等テクニックの一種で」
「ルリは何をいらんこと、コロンに教えてんのよ。ほら、朝食を取ったらぬいぐるみの持ち主を探すわよ」
「アリスちゃん、照れてますね」
「てれ?」
「うがー!」
「「きゃーっ」」
朝から姦しい少女三人が、新しい一日をスタートさせる。こうして笑いながら、この異世界の何気ない一日が始まりを迎える。
◆◇◆◇◆◇◆◇
フレンチメイドなコロンも今朝からはお皿を出したりサラダをちぎったり、お手伝いして作った朝食をワイワイとにぎやかに取った後に、昨日ぬいぐるみを拾った王城の裏庭にみんなでお散歩に出かけることにする。
「あ……」
昨日テディベアが座っていたベンチのそばで、薄いワインカラーのドレスを着た女性が、自分の身長の半分ぐらいの大きさのぬいぐるみを抱きかかえているメイド服のコロンをみて、ビクッと後ずさりしていた。
綺麗なストロベリーブロンドの長髪に切れ長の翠瞳の、おそらくは随分と美人のお姉さんだ。
「(わあ~、金髪縦ロールよ)」
「(わわっ、本物は初めて見ました)」
相手に聞こえないようボソボソ話すアリスとルリを含めた、俺達四人の視線を一身に受け止めたその女性は、高めの背を丸めて俯き加減でビクビクしてしまっている。
初見にしては色々な意味で濃い四人組だ、悪いことをしたかもしれない。年上のようなので、念のために丁寧に聞いてみる。
「すみません、怖がらせちゃいましたか?」
「い、いえ。ここには普段あまり人が来ないもので、少し驚いただけです。そ、そのぬいぐるみ……」
猫背の姿勢のまま、えらく腰が引けた様子で、怖々とコロンの抱いているテディベアを指差すので、アリスがあっさりと答える。
「ああ、昨日の夕方にこのベンチに置き忘れられていたんで、一晩あずかっていたのよ」
「このクマさん、あなたのですか?」
続けて、ルリが少し柔らかい口調で問いかけると。
「あ、自己紹介が遅れました、私はミラレイアと言います。ミラと呼んでください」
「アリスよ」
「ルリです」
「コロンでしゅ」
「ハクローだ」
着ている服装から貴族だろうとあたりをつけるが、フルネームを控えて来たのでこちらも名前だけを自己紹介する。
どうも俺達の素性に心当たりがある様子で、俯いた視線を少しだけ上げてオドオドとこちらを窺っている。
あれ、もしかしてこれまでの俺達の暴れっぷりを、噂とかで聞いて怖がられているか?
「あい」
少し緊張しているのか噛んでいるコロンが抱いているテディベアを、ミラに返そうとするが。
「いえ。喜んでもらえているようなので、そのぬいぐるみは差し上げます」
「う……、わぁい」
振り向いて俺達が頷くのを見てから、テディベアを抱きしめたコロンが笑顔を見せる。
そんなコロンの屈託のない満面の笑みを、ミラは俯き加減に切れ長の翠瞳で覗き見てわずかに微笑むと、コロンの前にしゃがみこんで目線を合わせて勇気を振り絞るように話しかける。
「わ、私、怖くないですか?」
「ん? こわくないでしゅ」
それを聞くと、ミラはホッとしたように息を吐くとうれしそうに翠瞳を細めて。
「よかった。普段、切れ長の目付きが悪いと、よく言われるので」
「それは俯いて、下から睨むようにしているからでは?」
俺も、姉貴達六人から目付きが悪いと繰り返し言われているので、試しに心当たりを聞いてみる。
「私は背が高いので、どうしても猫背になってしまって」
ああ、俺と同じくらいだから178cmといったところか、確かにハイヒールを履くと普通の男よりも大きくなるかもな。
「でもでも、そんなにスタイルが良くて、モデルさんみたいな八頭身プロポーションをしているのにもったいないです」
「確かに顔は小さいし、出るところは適度に出て、腰は驚くほど細いし、何より脚がスラッと長いんだろうな、やたらと腰の位置が高いぞ」
素直なルリが残念そうにするので、俺も見たままに相槌を打つ。
「ちょっとだけ、背を伸ばして立ってみてください」
「え?」
そんなルリに言われるまま、ミラが屈んでいた姿勢から、おずおずと立ち上がり背筋を伸ばす。
「ミラさん、もっと胸を張っください」
「こ、こうですか?」
「わあ、本当にハリウッドの女優さんみたいだわ。
大き過ぎず小さ過ぎず、本当にバランスの取れた綺麗な胸って、なぜかムカつかないのね……知らなかったわ」
珍しいことにアリスが他人の胸を、素直に褒める言葉を口にする。
「そういえば黄金比は『バスト:ウエスト=10:7』だって、よく姉貴達が言っていたぞ」
ポカッ
「あいた!」
「あ、ゴメン、今のは間違い。でもあんたには、何かムカついただけ」
「おい」
それはいつもの癖なのか、アリス。
「気になる目元は、その厚みのある貴族メイクを止めた方がいいですね。クロセくん、あれをください」
「はいはい、睫毛のボリュームと長さは十分なので、こちらがカールキープ重視のウォータープルーフコート付きの透明マスカラとアイラッシュカーラーになります、お嬢様」
ちょいちょいと慣れた手つきで【時空錬金】による錬成をして、他にも必要そうな化粧品類を次々とルリに手渡す。
「ハクローって、こうゆうの錬成するのすごく上手よね。一般生活向けに尖って、あんたも大概チートよね」
「攻撃全般チートのアリスが、それを言うか? それに、こんなの家のリビングとか玄関とかに、たくさん落ちていたからなぁ」
「どこのダンジョンよ、って女六人家族だと普通……なのかな?」
「だんだんそう思うようになったら、きっと女として終わりだぞ」
「どきっ、私は引き篭もっても、いつも掃除をしていたから、部屋はきれいだった……ハズよ。うん、大丈夫。大丈夫よ」
いつものようにアリスと漫才をしている間に、『車椅子』のルリがベンチに腰掛けさせたミラの化粧をリメイクする。
と、無駄に分厚かった化粧はきれいに取り払われて、何ということでしょう、そこには切れ長の翠瞳にカールを付けたパッチリ睫毛のクールな美人のお姉さんがいるではないですか。
「ナチュラルメイクを基本に、下地は潤い効果の高い乳液で、ファンデーションも薄く伸ばすだけにして。チークはノンパールのグロス入りリップクリームにしてみました、ふんすっ!」
「おおー、マジでハリウッド女優だ」
「ルリって、お化粧が思ってたよりも上手よね?」
「えへへ。妹の詩織ちゃんが陸上部だったから、病室でときどき日焼け止めも兼ねて簡単にやってあげてたの~」
「ルリもお化粧してるの?」
「私はこんなだからしていません、えへへ」
まだまだ痩せ過ぎた頬に両手を当てて、少し寂しそうにルリが微笑む。それでもこっちに転移して来た頃に比べると、雲泥の差なんだがな。
「今度、私にもお化粧のやり方を教えてよ」
「おねーちゃんにまかせなさい!」
アリスに頼られて、ルリがちょっとだけうれしそうに胸を張る。そして、ちょこんとベンチに座るミラを見ながら、アリスが腕を組んで人差し指を顎に当てて思案顔をする。
「後は、その重そうな縦ロールよねぇ」
「言われてみれば縦ロールが心なしか、へにょんとしていますね」
「家族で私だけ癖っ毛なのか、髪の先が自然にクルリンと巻いてくるんです。でも、髪を上げると年寄り臭く見えてしまうようで……」
「あぁ、その縦ロールって、ヘアアイロンじゃなかったのね」
しょんぼりしたミラの地毛の、先っちょだけカールをアリスが指でつつく。
「前髪と顔周りのサイドを残して、縦ロールはバラしてさらっと崩してしまってぇ。後ろはゆるふわにまとめたフレンチシニヨンにして……」
ブツブツ言いながらもルリが、テキパキとミラの綺麗なストロベリーブロンドの髪をメイクしていくと。
「おー、凄い大人っぽいけど、一気に可愛いくなったじゃないのよ。
そういえばこのストロベリーブロンド見たことあるわね。マリーとか第一王子や第三王女と同じ、もしかして王家の証ってやつ?」
「第三王女は会ったことないし、マリーアンヌ第二王女は最初に会っただけで印象薄いし、何よりあれは永久凍土のような血も涙もないイメージしかないよな」
マリーアンヌ第二王女の金髪は冷たい感じしかしなかったが、それとは違ってミラの髪は淡い温かみのあるストロベリーブロンドだった。
「ハクロー、酷い言いぐさね」
「八人の未成年者を誘拐拉致した実行犯なんて、それで十分だろ?」
「まあ、少年兵を作り上げて最前線に放りこむのを前提で拉致ってるんだから、何を言われても仕方ないわね。そう考えると、とんだ外道ね」
暇なので再びアリスと漫才を始めていると、ミラが急にあたふたと謝り始める。
「すみません、すみません。ご迷惑をおかけして、王家が本当にすみませんでした」
「あー、姫様っ! ここに、いらしたのですか!」
ぺこぺこ頭を下げるミラの後ろから、明るいブルネットのメガネをかけた、切れ者の女秘書といった印象の侍女が飛び出してくる。
「あら、クラリス。こちらは……」
「きゃー! どうしたんですかっ、それはっ。
まるで見違えるように、20才で行き遅れと言われ続けた面影が微塵も無い、クールビューティーにジョブチェンジしているじゃないですか?」
「ちょっとクラリス、それは言い過ぎですよ」
あまりに大げさに驚いてみせる侍女に、ちょっとだけブスッとして切れ長の翠瞳を細めるとかわいく頬を膨らませるミラだった。
「――そうでしたか。ミラレイア第一王女姫殿下のために、わざわざありがとうございました。ほら、姫様もちゃんとお礼を」
「あ、うん、きれいにしてくれてありがとうね。何かお返しができると良いのですが」
すると、黒ゴスロリなフレンチメイドスタイルのメイド服を着たコロンが、同じく正統派ヴィクトリア式メイド服を着たクラリスにペコリと頭を下げる。
「それなら、コロンにお仕事を教えてくだしゃい」
「え、お仕事? 【料理】と【掃除】なら教えられますが……」
「私は属性魔法以外なら大抵は何でも、【付与】、【結界】、【調教】、【召喚】、【調合】などなど教えられます!」
「姫様、それはお仕事では」
クラリスが苦笑しながら、思わずミラを止めようとするが。
「「「おおー、魔法の先生みっけ!」」」
「え? あれ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
という訳でミラの私室で、侍女のクラリスによるお料理教室です。
どうやら戦うメイド教育とやらも兼ねることになったようで、やる気を見せるコロンが気炎を上げている。
「それではコロン様、まずは【料理】から行きます。続けて【掃除】と護衛と護身のために【格闘術】を極めていただきます」
「コロンは夜伽はできなかったので、お料理とお掃除をがんばりましゅ! あと、格闘もぉ?」
「ギロッ」
アリスさん、そんなに睨まなくても。ほら、ミラと侍女のクラリスが俺を白い目で見てるじゃないですか。
しかし、さすがは王国第一王女の私室ともなると、ミニキッチンとトイレにミニバス付き、裁縫道具に園芸道具まで一通りなんでも揃っているようだ。
これにはアリスも、何やらシンパシーのようなものを感じたらしい。
「プロの引き篭もりとしては、そこはかとなく共感するものがあるわね」
「はいはーい! 私もお料理してみたいですぅ」
ルリも『車椅子』に座って、包丁を持ってみようとするのだが、今にも細い指を切りそうで、ドキドキして見ていられない。
「あぶないので、しばらく包丁はダメ」
「がーん。しょぼ~ん」
「ハクロー。あんた、とことん過保護よね」
「ダメなもんは、ダメだ」
「ルリ様、ピーラーなら使えると思いますし、なべの火加減の調整なら火の【魔石】で簡単にできますよ」
「わーい」
侍女のクラリスにやさしく教えられながら、コロンとルリのお料理教室は続く。ただ、ルリの使う火の周囲に何かふよふよしたものが、コロンには見えているようで時々視線を彷徨わせていた。
暇になった俺は余っている食材で一品料理、というか簡単セットメニューをサッとこしらえてみることにする。
ジュゥ~、という油のはねる音と共に、部屋の端からいい匂いが漂い始める。
「じゃじゃーん、ナゲットとフレンチフライのセットになります。
今日はニワトリではなく、ハト肉なのでさっぱりした食感に仕上がっています。できれば、ケチャップとバーベキューソースが欲しところですが、今回は」
「ハクロー、話が長い。でも、やっぱりマスタードソースがほしいわね」
ぐすん、そんなに長いかな。
「てりやきソースも、いいですよねぇ」
「「おおー」」
「しかし、これぞジャンクね」
「病院じゃ食べられなかったので、うれしいです」
よくわかっているアリスとルリ、いっぽう初めて見るコロン、ミラとクラリスにそのジャンクな危険性について簡単に説明する。
「年長者にとってはカロリー高めだけど、うちの欠食児童二人にはちょうどいいかもな」
「はたち、20才は……ギリギリ」
「大丈夫ですよ、そんなにスタイルいいんだもん……はっ!」
ルリがミラに答えていると、侍女のクラリスとバッタリ目を合わせてしまう。
「……秘密です」
「わ、わーい、これ食べたら私もハト胸になるかもぉ~?」
「クロセくん、ラブ・アンド・ピースを食べるんですねェ~?」
何も聞かなかったことにして、クラリスから視線を逸らせたアリスとルリが斜め上に話を振るので、俺も目を合わせないようにして、それに乗っかる。
「次回はニワトリで香辛料いっぱいの、骨付きフライドチキンに挑戦したいと思います」
「わおー。ハク様、これおいしいでしゅ」
白銀の狐耳をピンと立てたコロンが、しっぽをふりふりして喜んでくれている。
「本当です。クロセ様、初めて食べますがとてもおいしいですね。私はともかく、【料理】の先生であるクラリスはどうですか?」
「こ、これは、なんと! 姫様、これはかなり危険です!」
日頃、王城で高級料理を食べ慣れているはずの、ミラとクラリスの口にもあったようだ。
「おおー。懐かしきかなジャンクフード、バンザイ」
アリスは文句なしでいいんだが、嬉しそうなルリがナゲットを片手に、なぜか紅い瞳をウルウルさせてる。
「わー、クロセくんやっぱり上手ですね。ぐすん、私もいつの日か」
などと、みんなでジャンクな試食会をしながら、ミラと侍女のクラリスの二人の先生を入れて、パチリコとみんなで写真撮影。
初めて見るスマホの写真に二人ともびっくりしていたが、またひとつ思い出が増えてルリはうれしそうに「えへへ」と微笑む。




