17話 魔法のスコップ
「それは魔法で浮いているんだね。車輪がついているってことは浮かなくても動かせるってことだわね?
これなら足の悪い人間でも街中ぐらいなら、なんとか移動できるようになるねぇ。
人が乗るから強度がいるのかい。それで【物理強化】か。でもここまで物性を変えるには、どれだけの……」
鍛冶屋の店に入ると、肝っ玉ドワーフ母さんがいきなり、ルリの乗る『車椅子』にかぶりついて離さなくなってしまった。
まあ、ルリが怖がっている様子もないので、しばらくほっておくことにする。
「ルリ、何か見てみたいものがあれば取ってやるから言うんだぞ」
「はい、ありがとうございます。それでは、そこにあるスコップを見てみたいのですが」
ルリの指差す先にあるモノを【解析】で確認すると、【魔法のスコップ】という魔道具のようだ。
「これでいいのか? 【魔法のスコップ】という名前の魔道具で、【物理強化】と【自動修復】に【成長】という付与効果が付いているみたいだが」
「ああ、それは【魔法シリーズ】って言ってね、ダンジョンで発見される宝箱から稀に出るレア武器なんだよ。でも、使い勝手が悪いのか全然売れなくってねぇ。でもでも、【成長】なんてレアな付与効果がついてるんだよ?」
突然、『車椅子』を見ていた肝っ玉ドワーフ母さんがルリの持つ、シアン色の【魔法のスコップ】の解説を始める。
【物理強化】と【自動修復】は分かるが、【成長】っていくらレアでも使い道があるのか……あるな、確かに。
「安くしとくよ。だから買っとくれよ。もう、ずっとそこに置いたままなんだ、頼むよ。このとおりだからさぁ」
本当に売れないんだな。確かに園芸用スコップを武器と言われても、普通の人は困るよなぁ。
しかし、ここに紅い瞳をキラッキラさせて、既に両手で抱えて離さない白髪の少女がいらっしゃるのですが。
「わかった、わかったから。『白いイベリスの鉢植え』の手入れもしなくちゃいけないからスコップは必要だし、三人でパーティー結成したお祝いにパーティー管理費から出しておくから」
「わーい! クロセくん、ありがとうございます。あ、でもお金は元気になったら、ちゃんと働いてお返ししますからね。えへへ~」
「助かったよ、坊や。流石に無料って訳にはいかないけど、他のものと込み込みで大まけにまけておくよ。何か欲しいもんとか無いのかい?」
ちょうどいいので、他の店でことごとく断られた、カスタムメイドの剣のオーダーについて説明してみる。
「硬い金属を柔らかい金属で挟み込んで熱で打って片刃にしたもので、グリップにはメリケンサックに寸鉄を付けてソードブレーカーにして、これを四本ほしい。金属の硬度調節は俺が協力できるはずだ。
高周波焼き入れと言って、魔素を使うと磁性体でなくてもオーステナイト組織を作るまで高温にすることができて、そこから急速冷却することでマルテンサイト化も容易だ。キチンと焼き戻しすることで、靭性回復もできる」
「あんた、また随分と難しいことを言ってるねぇ。言ってることの半分も分からないけど、見たことないもんだってことだけは分かるよ。
この『車椅子』って言ったかい? この物性の硬度変更をやったのがあんたなら、できない話でもないんだろうね」
すると、覚悟を決めたように突然、肝っ玉ドワーフ母さんが頭を下げて話し始める。
「あんたのこの『車椅子』とやらを一台だけ作らせてほしい、それが条件だ。設計図の代金なら、いくらでも用意する」
ギョッとするがそれ以上に、小さな女の子に深々と頭を下げられていると、なんだか虐めているようにも見えるので、非常に居心地が悪いことこの上ない。
ねぇアリスさん、なぜ蔑むような目でこちらを見ているんですか?
「介護医療用具で金銭を取るつもりはないから、まずは頭を上げてくれ。それで何で必要なんだか説明してくれれば、条件しだいでは協力することもできるかもだぞ」
「そ、そうかい。実は家の旦那が冒険者なんだけど、脚をやっちまってね。
外を出歩くこともできないと、どうしても気が滅入ってしまってね。かわいそうで見てらんないんだよ」
ああ、速攻でルリさんが紅い瞳から大粒の涙を流しながら、小さな両手を胸の前で握りしめてこちらを見上げています。何か俺が悪いことしているような気がしてきたぞ。
「わかったよ、後で旦那さんに合わせてくれ。ところで剣の制作のために必要な金属材料は何なんだ?」
肝っ玉ドワーフ母さんのお勧めの二種類の硬度の鉱石で刃の中身は硬い黒鉄、外は白鉄にして【時空錬金】により整形して薄く伸ばして曲げた白鉄で黒鉄をサンドしてから包んで渡した。後は熱をかけて打って、仕上げに高周波焼き入れと焼き戻しをするだけだ。
日本刀のように薄く何度も打つことも、炭素比率を微調整することもできないので、最初から同じ剣を四本、折れることを前提に作ってもらっている。
柄に付ける護拳であるナックルガードには硬度の高い黒鉄で形状をメリケンサックにして、その指先には更に寸鉄を四本、人差し指から小指にかけて短くなるように追加して、代わりに鍔を無くした。
これは刃が折れても、即座に打撃攻撃ができるように考えたものだ。最悪、四本すべての刃が折れたとしても、近接格闘戦なら継戦能力を維持し続けられるようにできている。
それから、寸鉄四本の間は刃が峰になるように入れて、ソードブレーカーの機能を追加してもらう。細剣やレイピア、エストックぐらいなら、根元から圧し折ることも可能だろう。
しかし少し憮然とした顔をして、肝っ玉ドワーフ母さんが文句をたれる。
「あんた、最初から折れることを前提に鍛冶屋に剣を作らせるなんて、聞いたことがないよ」
「いいんだよ。折れたって生きてさえいれば、帰って来れるんだから」
そして、ルリとアリスは黙ったままジッと俺の顔を見上げていた。すると、肝っ玉ドワーフ母さんも旦那さんのことを思い出したのか、苦笑いしながら。
「そうだね、確かにそうだ。剣が折れたって、脚が折れたって、心が折れたって、生きて帰って来てくれさえすれば、それでいいのさ」
そう言って、店の奥の部屋の方を優しい目をして見ていたのだった。
旦那さんは両足の膝から下を魔物に食い千切られていた。ベッドから起きることもできず、食べる量も減ったためか痩せ細ってしまっていた。
まずはルリに作ったのと同じ『車椅子』を肝っ玉ドワーフ母さんと協力して作って、座り心地を確認してもらった。今日のところはちょっとの間だけ、店の入り口から外に出ただけだったが、久しぶりの風が気持ちいいと笑ってた。
それから、【時空錬金】で硬い黒鉄を平たくバネ状にして、軽量化した『義足』を作って試してもらっている。家の中ぐらいなら一人で、掴まっての移動が可能となるはずだ。
この生きにくい世界には『車椅子』や『義足』という概念が無いらしいので、肝っ玉ドワーフ母さんには誰かに頼まれることがあれば、作ってあげるようお願いしておいた。
「ふん。こっちも色々助かったから、それぐらいの頼まれごとなら聞いてやるよ。
本当に助かったよ、坊や。旦那が笑ったのなんて、久しぶりだよ。ありがとうね、旦那共々感謝してるよ。
それから何度も言ってるけど、子供はいないんだから肝っ玉ドワーフ母さんなんて呼ぶんじゃないよ」
そう拗ねては、繰り返し訂正していた。
「旦那さんが元気になれば、子供作れば良いのにねぇ?」
「そうですよ、いいお母さんになると思いますよ」
「う、うっさいよ。ほっときな」
アリスとルリの大人の都合を考えないツッコミに、顔を赤くして何事か考え込む肝っ玉ドワーフ母さんだった。
そんなこんなで俺の四本の剣ができるのは、だいたい10日後ぐらいになるようだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、三人で昼食に入ったレストランで、ルリが食べれるものがあるか心配したが、煮込みシチューを食べたら、肉も野菜もホロホロになるまで煮込んであったので、全く問題く、異世界に来て初めての外食をうれしそうに食べていた。
病院食でなくても、消化の悪いものでなければ、食べれるようになってきているのには、少し安心した。
約束通り昼過ぎに『ラング・ド・シャ』に行くと、ずっと待っていたのか、男の娘が飛び出してきた。
「できました! できましたよ! キャラメルのラングドシャのクッキーと、紅茶のラングドシャのクッキーです!」
「「おおー」」
「あ、いい香りじゃないのよ」
短時間だったというのに、見た目は全く問題ないのは、流石プロのパティシエといったところか。
さっそく、ルリが両手でキャラメルのラングドシャのクッキーを握って、カリカリと食べ始める。
相変わらず、白い雪うさぎのようだ。なぜみんなには、あの白くて長い耳が見えないのか。謎だ。
「わー、おいしいです! ちゃんとキャラメルが絡まって、甘くてしあわせです~」
アリスは紅茶のラングドシャのクッキーを口に放り込む。
「紅茶の方も、香りも甘さもいい感じね」
「キャラメルソースの作り方や混ぜ方、紅茶の方も茶葉の香りに甘さとのバランスさせ方などまだまだ調整が必要ですが、レシピの通りにできたようで良かったです!
おお、ラングドシャの女神様に感謝を!」
「本当においしいレシピをありがとうございます。何かお返しすることができれば良いのですが」
ボクっ娘はレシピの対価を心配しているようだが、しあわせそうに食べる家の娘二人は特に何も考えていないように見える。結局、最新作を入れたお持ち帰り用のおみあげを包んでもらうことに……帰ってまだ食べるのか?
「また、いらしてくださいね。お待ちしております」
「あ、次回はジャムを入れたラングドシャのクッキーが食べたいかなぁ……でも~、ジャムの水分と粘度の調整が難しいからなぁ」
なんてルリが帰り際に言うもんだから、男の娘が突然跪いて祈り始めた。
「な、何とぉ! ラングドシャの女神様の祝福は、ここにあったのかぁ!」
「わわっ。でもジャムを入れると、カリッとさせるのが難しくなりますので注意してくださいね?」
「おおー! 次回のご来店までに研鑽を積んで、必ずや女神様のご期待に答えるよう精進いたします!」
ああ、とうとう王都の真ん中にお菓子の女神が降臨してしまったらしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
おみあげに貰ったラングドシャ詰め合わせの包みを大事そうに膝にのせて、嬉しそうにニコニコしているルリの『車椅子』を押して大通り商店街をテクテクと歩いて帰る。
【波乗り】で石畳からは浮いているので、ガタガタもせず楽に進むことができていた。逆にぷかぷかしていて、船酔いが心配になったが、大きく揺れるわけでもないので大丈夫のようだ。
「あ」
広い街路樹を抜けていると、ルリが小さな花屋さんの前で声を上げる。
今は夏なので『白いイベリスの鉢植え』は花をつけていない。せっかく【魔法のスコップ】も買ったことだし、今の時期に育てられる花を買って帰るのもいいかもしれない。
「今日のおみあげに、花を買って帰ろう」
「え? あ、はい! ありがとうございます。花の苗を買って、病室の窓の外の花壇に植えたいです」
「あんな所に花壇なんてあったのね。ラングドシャ詰め合わせの包みは私が預かっておくから、好きな花を選びなさい」
花より団子のアリスと、どの花の苗にしようか紅い瞳を細めて微笑みながら真剣に悩むルリ。女性の店員さんのお勧めの花の苗と種も買って、包みを膝にのせた白髪の少女が鈴をコロがすような声で小さくつぶやく。
「小さな夢が、またひとつかないました」
「そうか……この異世界でひとつづつ、ゆっくりとかなえていけばいいさ」
「はい、ありがとうございます。えへへ」
透き通るような白い肌をした頬を少し桃色に染めながら、嬉しそうにこちらを見上げてくる。夏の紫外線の強い日差しが気になり、麦わら帽子など必要かなと思いつく。
「その……日焼けは大丈夫なのか?」
「はい、以前だったらすぐに日焼けして痛くなっていたのですが、今は大丈夫なようです。たぶん天使さんにもらった【健康】スキルのおかげですね」
「『全状態異常耐性』と『自動回復』が付いているんだから、紫外線――女性の敵のUVだろうとへっちゃらよ。
それにしてもルリは美白肌よね、シミひとつ無いじゃない。
でもでもツバの広い麦わら帽子は必要ね、その白のワンピースと合わせて美少女ヒロインの夏の標準装備だもの。ローヒールなグラディエーターのサンダルと一緒に今度買いに行くわよ」
「わーい。お洋服とか着る物のお買い物も、初めてなので楽しみです」
◆◇◆◇◆◇◆◇
せっかく気分転換に外に出てきてルリが楽しそうにしているというのに、【ソナー(探査)】には敵影のマーカーがチラチラし始めている。
魔物のように【魔石】がない人間でも、昨日から悪意による個体の魔力波動の振幅と位相のゆらぎパターンにより、攻撃色を【解析】して敵認定することが、ある程度は可能になっていた。
魔物以上に危険な人間に対して完全ではないものの、これは必須の機能だ。
人通りの多いこの大通り商店街で何かしてくるとは思えないが、二人に相談して、念のため【ソナー(探査)】のマップに表示されている近くの大通り公園に行くことにする。
「はぁ~、あんたかぁ……昨日の何とか伯爵のバカ息子よね」
「昨日俺が砕いた膝は治ったみたいで、良かったな」
公園に着くなりゾロゾロと姿を見せる三下相手に、大きなため息をつくアリスと負わせた怪我を今更のように気にしてしまう小心者の俺だった。
「トレゾール伯爵嫡子のコージモだぞ! 平民の分際で世の中の道理を理解していないようだから、その身体に教えてやるとしよう。
うひひひ、【勇者】殿と【聖女】殿にはこの【従属の首輪】で縛りつけて、裸で一晩中言うことを聞かせてくれるっ」
合計15人の私兵団を連れて周りを取り囲んで、黒い金属の輪っかを持って喚き散らすニヤけ顔の優男。薬でもキメてんのか、こいつは。
「お前達、やってしまえ!」
伯爵子息の戦闘開始のゴングに合わせて、アリスが起動待機させていた魔法を一気に解放させる。
「【未来視の魔眼】、【加速】、【ギロチン】!」
「ルリはじっとしていろ、【ソナー(探査)】、【ビーチフラッグ(加速)】!」
アリスは【未来視の魔眼】で相手の動きの先読みをし、更に【加速】して上位風魔法【ギロチン】で次々に私兵団が剣を持った腕をへし折っていく。肉と骨がへしゃげて砕ける無残な音と共に、あちこちで悲鳴が上がる。
「「「ぎゃあああああ!」」」
その取りこぼしをめがけて俺は【ソナー(探査)】で上空から俯瞰して位置を割り出していた、残りの私兵の背後に【ビーチフラッグ(加速)】で回り込み、その首を鞘に入れたままの片手剣で片っ端から横殴りにしていく。
それはまるで『蒼い光弾』が綺麗な軌道を描いて、ジグザグに空中を飛んで行くように見えたかもしれない。
そしてものの1分もかからずに、敵でその場に立っているのは過呼吸気味になったトレゾール伯爵子息だけになっていた。
「ひっ、ひっ、何が、ひっ。ぼ、僕は次期伯爵で……」
「あんた、ルリと私に何するって?」
「ひぃ~、ひぃ~。僕は平民なんかに――!」
そう叫ぶと手にした細剣を振りかぶってアリスに向かってくる。が、【加速】もできていないのか、ひどく遅い。
「【ヘルフレイム】」
腕組みをしたアリスの低い一言と同時に、トレゾール伯爵子息の股間が突然燃え始める。
「ぎゃぁあ――っ! う、【ウォーター】、【ウォーター】! なぜ消えない、なぜだぁ~っ!」
水魔法で股間に張り付く炎を消そうとするが、まったく消えることはない。それを凍えるような冷めた、紅と蒼のオッドアイでアリスが見下ろす。
「私の上位火魔法があんたなんかの下位水魔法程度で、消えるわけがないじゃん」
「あ……ああ……」
口から泡を吹きながら前のめりにうずくまる、トレゾール伯爵子息の股間から黒い炭化した塊が、ボトッと落ちてようやく炎が鎮火する。
「あー、ホントに消し炭にしたんだ」
「部位欠損してるから、もう上位回復魔法じゃ治らないわね」
「なーむー」
ちょっと内股になる俺に、アリスが肩を竦めて見せると、両の手のひらを合わせてポクポクチーンとルリが冥福を祈る。
私兵団の持っていた剣は【時空収納】に使い捨て用にもらっておいて、騒ぎに駆けつけて来た王都警備の騎士達――アリスに向かって全員が整列して敬礼している――に引き渡す。
「ハクローったら一人も殺さなかったし、そもそも斬りもしなかったのね」
「ルリが見ているから、血が大量に出るのはチョットね。それを言ったら、アリスだって同じだろ?」
「まあね、ただ一度は見逃している伯爵家のお坊ちゃまには、二度と悪いことができないように去勢させてもらったけど」
「なに、なに?」
小さな声で話しかけてきたアリスに小声で答えていると、話がよく聞こえずに小首を傾げるルリに向かって、できるだけ優しい笑顔で答える。
「いや、なんでもない。さあ、帰ろうか」
それにしてもこうも白昼堂々と、しかも人が疎らとはいえ公園のど真ん中で襲撃してくるということは、これぐらいは軽犯罪以下として法的にも揉み消すことができると確信している――そうゆう相手が貴族という人種ということになる。
これは安全が無料で道端に転がっていた日本とは違い、逃げ場の無い無法地帯へ向かって追い詰められていくようで、本格的に手加減をしている余裕は無くなって来た気配がひしひしとしていた。