16話 車椅子でおでかけ
6日目の早朝、夜明け前から今日も剣術の朝練をしているのだが、酷かった筋肉痛がすっかり無くなっていた。
病室の窓からは、だいぶ顔色の良くなったルリが胸元に上げた手を、ひらひらと振って応援してくれているのが見える。
うん、もうちょっとだけ――がんばろう。
アリスが借りて来てくれた剣二本を両手で持って、意図せず習得していた【二刀流】スキルを使って、剣をとにかく振るう。もちろん先生もいなければ、型なんてものがあるはずも無い。
昨日がそうだったように、ルリを含めた自分達の身は自分達自身の力で守るしかない。
召喚した王国はもちろん守ってはくれないし、同じ日本人も全くあてにならない。下手をしなくとも、敵に回りかねないと考えておいた方が良さそうだった。
大切なものを守るには、現状で手持ちの戦力を上げていくしかない。下手くそな剣も二本で振り回せば、当たる確率は単純に二倍だ。いや、実際はそうでは無いが、二倍になるように鍛練するんだ。
できることは何でもするし、使えるものは何だって使う。汚いと言われようが、人でなしと言われようと、大切なものが二度と失われそうにならないように。
なりふりを構っているつもりは、既に無くなっていた。
今朝の朝食は少し大きめの白パンをもらって来たので、それを薄く切って、たまごに砂糖を少し溶いて甘めのフレンチトーストにする。
ミニキッチンから、ジュ~ッという音が聞こえると、見えない白く長いウサ耳を二つピンと立てたルリがベッドの上で騒ぎ出す。
「わー、何だかいい匂いがします! くんくん、くんくん。えへへ、お腹が空いてきました~」
できあがるまで、お腹が冷えないようにと、ぬるく温めたホットミルクのコップを自分で両手に抱えて、んくんくと飲みながら待っている。
その、にへら~と笑う口元には、白いヒゲがついていますよ。
「わっふ~、甘いです! おいしいです! しあわせです!」
『おいしいは正義』と語る、紅い瞳の少女のお口に合ったようで、これまでになくご満悦の様子でなにより。
ああ、白くて丸いしっぽが、ふりふりと嬉しそうに揺れているのが見えるようだ。
そうしていると朝食後に病室に来た眠そうなアリスに、やっと完成した【ドライスーツ(防壁)】を見てもらう。
すると、どれどれと、少し乱暴にルリの手を取って見せる。
「あ、ほんとだ掴むことができない。身体から2~3cmぐらいのところで、不可視の魔法障壁にぶつかるのね。
ふーん、これずっと魔力を供給し続けるの? 消費MPは?」
「ああ、魔力供給のパスが常時接続されているから、悪意のあるヤツがルリに触れようとしただけで俺に分かる。
MPはステータスでは表示されないからはっきりしたことはわからないけど、一晩俺達二人にかけっぱなしで全然問題ないレベルだ」
「普通に触ると――ペタッ、触れるのね。ねえ、何で私にはかけてくれないのよ」
ちょっと拗ねるように頬を膨らまし、ジトッとした目でアリスが睨んで来る。
「え? だって、その神話級装備のアリスには必要ないだろ?」
「そうじゃなくって……」
「え?」
「もう、いいわよ!」
驚いたことに眉を寄せて少し頬を染めると、プイッとそっぽを向いてしまった。
「えー」
「あー、アリスちゃんをいじめたなー!」
「ええー」
朝のステータスチェックで確認したところ、ルリはLv7に、アリスはLv8にレベルアップしていた。それに加えてルリは【友達Lv2】にスキルレベルまでがアップしていた。
これで経験値取得1.2倍化。スキル取得に必要な経験値1/1.2倍化ということになるようだ。これってチート加速が止まらないんだが……いや、これはマジで助かる。
今のこの時、守る力はどんな小さなものでも大歓迎だ。
名前;ハクロー・クロセ(黒瀬白狼)
人種;人族
性別;男
年齢;15才
レベル;Lv10
職業;【サーファー】
スキル;【解析Lv2】【時空収納Lv1】【時空錬金Lv2】【剣術Lv2】【身体強化Lv2】(UP!)【二刀流Lv1】【魔力制御Lv1】(New!)【物理強化Lv1】(New!)
エクストラスキル;【時空魔法Lv0.5】(New!)
ユニークスキル;【波魔法Lv2】
オリジナルスペル;【ソナー(探査)】【ビーチフラッグ(加速)】【波乗り】(New!)【ドライスーツ(防壁)】(New!)
守護;【女神■■■■■■■の加護】【ルリの友達】
ようやく【魔力制御】を習得していた。えらい時間がかかった気がするのは、単純に才能がないからだろう。
それと【時空錬金】で生活用品を山ほど錬成をしているからか、【物理強化】というのも習得していた。ポキポキ折れる剣も強化するともしかしたら、折れなくなったりするのだろうか。今度、試してみよう。
それからとうとう、【時空魔法Lv0.5】というスキルが増えていた。たぶん、昨日の病室での騒ぎの時に取得したんだと思うんだが。おそらく左腕のトライバルが関係しているのは間違いないんだが、問題はそんなことよりも。
「なあ、スキルレベルがLv0.5って……どゆこと?」
見るからに中途半端で不可思議なレベル表示に、思わずアリス先生に聞いてみる。
「私はほとんどのスキルレベルがLv10だから、達人級ってことだけど。Lv1にもなっていないLv0.5って、ようは半人前ってことじゃない?」
「確かにトライバルの魔法陣その物も未完成だって言ってたしなあ。でも普通のLv1で習得する前の、半人前の段階で取得ってあり得るんだな」
「ハクローはユニークスキルとオリジナルスペルを自分で生成しているから、そのどれかに【時空魔法】の魔法陣が引っ張られて顕現して来たんじゃないの?」
「そうかあ。そういえば【収納】も【錬金】も【時空魔法】の影響を受けているようなことを、あの時も天使が言っていたなあ」
「それでなくても、ハクローは戦う手段が限られているんだから、何でも使って行けば良いのよ」
アリスが身も蓋も無いことを言うが、全くもってその通りなので、どんどん利用させてもらうことにする。
「問題は使い方がアリスにも分からないということ、ぐらいか」
「クロセくん、がんばれー」
小さな拳を握って応援してくれる紅い瞳の少女、その長い白髪をなでながら気合を入れ直すのだ。
「ああ、がんばる。ありがとうな、ルリ」
「えへへ~」
なでりこなでりこ、にへら~、なでりこなでりこ、にへら~。
そうこうしていると、アリスがベッドに座るルリにすり寄っていって抱きしめる。
「何か私だけ仲間はずれみたいで、ムカつくわね」
ちょっとムクれた顔をするアリスの紅い長髪を、今度はルリが微笑みながら、やさしくなでる。なでなで、なでなで。
「だいじょうぶですよ~。アリスちゃんを仲間はずれにしたりなんか、絶対するもんですか」
「へへへ~」
もうニヤけて緩んでしまった顔でアリスが、俺の服を引っ張ってベッドに座らせる。そして、ゆっくりと俺の頭をなで始めた。なでなで、なでなで。
頭をなでられたのなんか忘れるぐらい大昔だし、少しくすぐったいが、そのままアリスのするがままにまかせる。
こうしてベッドの上に三人で車座になって、まったりと頭をなで合う、ちょっと危ない集団ができあがってしまっていた。
「こほん、今日はクエストお休みです!」
「「おおー」」
とっても自慢気なアリスはともかく。昨日、怖い思いをしたルリがこの病室にばっかりいるのも気が滅入るだろうと、今日は気分転換も兼ねて買い物に出かけることにした。
「ではハクロー、例の物をこれに」
「は、ここに取り出だしたりまするは、元の世界を代表する技術大国である、日本出身の我々が得意とする最先端の現代知識を元に、この異世界の魔法技術の粋を集めて制作された」
「話が長い」
アリスが冷たい一言でぶった切る。
「はい……『車椅子』になります」
「おおー、ぱちぱちぱち」
せっかくの大事な血と汗と涙の研究構想、製造工程、評価試験、開発秘話などのプレゼン解説部分をアリスに端折られて、しょんぼり気味の俺に、ルリがかわいい小さなその手を叩くと、大きな拍手が天から降り注ぎ……ちょっとだけ元気になる。
がんばって【時空錬金】を魔力全開でフル駆使して作った、拘りの超大作なんですよ、ホント。
「ではでは、じゃじゃーん」
大げさにアリスがシーツを取り払うと、食事を部屋に運ぶサービスワゴンと椅子を組み合わせて錬金結合したような、そう、まごうことなき『車椅子』がその雄姿を現す。
本人がタイヤを回すことはできない構造なので、どっちかと言うと人が後ろから押すベビーカーに近いかもしれない。
「機体名称は『ドラゴンハート・マークII GTR ルリ・スペシャルエディション』よ」
「「え?」」
「あれ?」
どうも、アリス先生の厨二病が大爆発したらしい。もう中学三年生になったと言ってなかったか?
「何よ」
「いえ、何でも」
「わー、うれしいな。乗ってみてもいいですか?」
いち早く、ルリは聞かなかったことにしたようだ。できた子でお父さんはうれしい。
今日はおでかけ用のシンプルなアイボリーホワイトのワンピースを着て、その上に涼しげな薄手の白いサマーニットのシースルー膝丈ロングカーディガンを、くるくると長袖をまくって羽織ったルリ――相変わらずとっても軽い――をお姫様抱っこで横に抱き上げると、そっと『車椅子』に座らせる。
「ゆっくりな、ほら足はここに置いて。タイヤは一番大きなヤツを使っているから安定すると思うし、【時空錬金】を使い続けて取得した【物理強化】を最大魔力でかけて作ってあるから、元の物性よりも硬度も耐久性も上がっているし」
「話長い」
アリスが冷たい視線でバッサリと切る。
「ぐすん」
「あー、ほらほら乗り心地もバッチリですよ」
アリスの厳しいダメ出しに、ルリの優しさが身に染みるぜ……ふっ。そんなことを気にする様子もないアリスはルリの後ろに回り、長い白い髪を編んでまとめ始める。
俺は前にしゃがむとルリの両足に、短めの白いレースフリル付き靴下の上からショートブーツを履かせてやる。
「『車椅子』に座ると、長い髪が引っ掛かると危ないから、上げてリボンでまとめておくわね」
「靴紐、きつくないか?」
「はい、ありがとうございます。えへへ」
おろしたてのアイボリーホワイトのワンピースに身を包み、艶やかな白い髪をペールピンクのリボンで編み上げて、紅い瞳を細めて薄く微笑む少女は、ひどく儚げに見えてしまって――それでも、異世界に来て初めてのおでかけに、わくわくと期待に胸を膨らませているようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一番最初に行くのはルリにも大好評の王都大通り商店街の煉瓦造りのおしゃれな、ラングドシャのクッキー店『ラング・ド・シャ』だ。
「いらっしゃいませ~」
迎えてくれたのはボクっ娘の方で、今日も白い半袖ワイシャツに黒のショートパンツをサスペンダーで吊っている。もちろん、白いフリルの付いたエプロンには、いつも通りニヤニヤ笑うチェシャ猫が舌を出している。これ、店員のユニフォームなんだろうな。
「わー、可愛いお店ですね。店員さんもすごく可愛い~!」
「くすっ、ありがとうございます。本日はお持ち帰りですか?」
とってもキュートな女の子の笑顔に、もう一人の方を思い出したのか、少し苦笑したアリスが指を二本立てる。
「両方ね」
「それでは、まずはお席にご案内いたします」
『車椅子』のルリのため、椅子を一脚よけて座ったテーブルには、ルリとアリスがチョイスした各種ラングドシャが並べられていた。
そこへ、ボクっ娘が紅茶を煎れたティーポットを持ってやって来る。
「以上でお揃いでしょうか」
「わーい、おいしそうです。私はミルクティーですが、紅茶もいい香りです」
ティーカップに口をつけて嬉しそうに微笑むルリに、一口飲んで頷き返す。
「うん、ここのアールグレイはおいしいな」
「ハクロー、味なんて分かるの?」
「ほっとけ」
アリスからの当たり前の辛口な突っ込みに、もともとがアイスでしか飲まないから、他のお紅茶は良し悪しを含めてあんまり知らないんです。というか、なぜか家には定番のアールグレイしか置いてなかったからな。
「後ほどラングドシャの新作をお持ちしますので、試食のご意見をいただきたく」
「あ、そのときにパティシエさんとお話しできますか?」
ルリが今日の本題を切り出す。
「はい。それは可能ですが、どういった御用ですか?」
「キャラメルと紅茶の、おいしいラングドシャを作ってほしいんです」
「はい?」
ルリが新作レシピを説明し始めると、「しょ、少々お待ちください!」とボクっ娘は途中でバックヤードに飛んで行って、あわててもう一人の男の娘を連れて来た。
「わー、この子も可愛い。あれ? でも……あれれ?」
「惚れるなよ」
かわいく小首を傾げるルリに、つい低い小声でつぶやいてしまうが、ニヤニヤと目尻を下げたアリスが人差し指で俺を突いてくる。
「何ィ、やきもち?」
「ちっがーう、正常な恋愛ができるとは思えんだろうが……お父さんは許しませんよ」
「ずっと思ってたけど、ハクロー。あんた、すっごい過保護よねえ?」
「ぎくっ」
アリスと俺が将来、娘を嫁に出す父親の気持ちで漫才をしている間に、ルリはキャラメルソースを使ったラングドシャと紅茶の茶葉を使ったラングドシャのレシピを男の娘に説明していた。
「そぉーっかぁー! いける、いけるぞっ。今までにないラングドシャを爆誕させる時が来た!」
気のせいか男の娘の白いエプロンのチェシャ猫がいつもよりもニヤニヤして、出してる舌をペロリとなめたような……。
「昼過ぎにもう一度、ご来店してください! その時が、ラングドシャの女神様の祝福を受ける時です!」
そう言い放つと、男の娘は物凄いスピードのダッシュでバックヤードに消えて行ってしまった。
「よ、よかったのか? あれ」
「ははは、だ、大丈夫だと思いますよ。なんせ煮詰まっていましたから、お客様のインスピレーションに大きく刺激されたんだと思います。ありがとうございました。
ボクからもお願いします。是非ともお昼過ぎにもう一度、最新作を食べにいらしてくださいね」
双子にしか見えないボクっ娘の店員さんが、ペコリを頭を下げる。
「アリスちゃん、この世界にはラングドシャの女神様がいるんだねぇ」
「いや、いないでしょ」
ほやほやしたルリに、ボリボリと口の中のラングドシャを噛み砕きながら、アリスがボソッとつぶやく。
◆◇◆◇◆◇◆◇
王都大通りの石畳の上をコロコロと『車椅子』を押しながら、今日の二店目は剣をカスタムメイドしてもらうために鍛冶屋を探す。
昨日、冒険者ギルドで受付の女性に聞いておいた、鍛冶屋が集まる商店街の一角で店主にオーダー内容を伝えると、どの店でも誰もが首を横に振ってしまう。
「困ったぞ、誰も作ってくれないなんて」
「ハクローの要求仕様が異常なんじゃないの?」
「えー」
「ほ、ほら。そこの角にも、もう一軒ありますよ。クロセくん、次こそはお話を聞いてくれるかもしれませんよ?」
「うう~。ルリ、長いこと付き合わせて悪いな。石畳がガタガタするから『車椅子』だと余計に疲れるだろう?」
気を使って励ましてくれる心やさしいルリに、本当に申し訳なくなってあやまるしかない。他の手を考えるか……あ、と思いついたことがある。
「ルリ、ちょっとじっとしていろ? 【波乗り】……おー、うまくいった。軽い、軽い。でもストッパーが効かないから、ちゃんと持ってないと危ないな」
ルリの乗る『車椅子』の車輪の下に【波乗り】で動かない波を発生させて全体を浮かせると、波乗りした『車椅子』ができあがった。
「わー、なんだか水に浮いているみたいで、ぷかぷかしますね。動かしても、ガタガタしなくなりましたよ」
「ハクローの【波魔法】って、とことんデタラメね」
「えー」
「あんた達、何やってんだい? 今の何だい? しかもその椅子は……」
後ろから声をかけらて、振り向くと一見してドワーフと分かる少女が立っていた。なんせ身長が小さい。パッと見でもルリの背よりも小さいってことは140cm台、――いや、もしかしたらそれよりも小さいか?
「ゴホン、クロセくん。私は150cmありますよ(――四捨五入して、ですが)」
後半はボソッと小さな声でルリがつぶやく。
「149.5cmってことね」
「わーん、アリスちゃんがいじわるです!」
それよりも誰だこの人。髪はブルネットの強力なウェーブに、灰色の瞳にたぶん可愛い美少女なんだろうが、話し方が婆くさい気が……。
「あんた、失礼なこと考えてるね。あたしゃドワーフだから、見た目通りの年じゃないのさ。何だい、ドワーフ見るの初めてかい?」
「あ、ああ、すまない。ドワーフを見るのは初めてなんだ。失礼があったなら謝るよ」
「あはははっ、しっかりした子じゃないかい。それよりその娘が乗っている椅子、浮いてる上に【物理強化】され過ぎて、物性が変わっちまってるんじゃないかい?」
「おおー、分かってくれるか。これは『車椅子』といってだな現代医療の最先端で使用されている、患者さんの心と体にやさしい」
「話が長い」
アリスがピシリと話を打ち切る。
「がーん、まだぜんぜん説明してないのに」
アリスの容赦ない口撃でライフがゼロになりそうだ――がっくし。
「あははは、話なら店の中で聞くよ。いいから、入んな」
肝っ玉ドワーフ母さんに連れられて店の中にはいると、やっぱり店舗は鍛冶屋だったようで、武器以外にも色々なものが並べられていた。




