18話 思い出の小瓶
せっかく、気分転換のためにわざわざ街まで出かけたと言うのに、すっかり疲れて王城の病室へと帰って来ることになってしまった。
だと言うのに、今度は昨日助けたシスター・フランがわざわざに王城まで面会に来て、しかも病室で待ち構えているときた。
ちっとも歓迎されていないことを知ってか知らずか、彼女は今日も長いペールブロンドのぱっつん姫カットをのぞかせて、童顔に大きな碧い瞳をくりくりさせていた。
ゆったりめのみずいろの修道服を着てはいるが、どうしても目立つ大きな二つの膨らみを、初めて目にするルリが珍しいことに紅い瞳を丸くして凝視している。
「はぁ~……。よく、王城内に入れたわね」
「そ、それが、昨日【聖女】様にお救いいただいたことを大聖堂に戻って枢機卿に報告したところ、『是非ともお礼をしなくてはならないので、神聖教会大聖堂にご招待しなさい』とか言われて入城証を渡されちゃったんですよ~」
お疲れモードのアリスにちょっと不機嫌そうに睨まれて、シスター・フランが随分とおどおどしながら答える。
「枢機卿って?」
「王都の神聖教会で一番偉い人です。でも、私はあんまり好きじゃないんですよねぇ、私の身体をいやらしい目でしか見ないし。次期教皇の候補のお一人なんですが、今回も何だか……【聖女】様を利用しようとしているようにしか見えなくって」
「あぁ……評判悪いのか」
せっかくなのでおみあげに持って帰って来た、ラングドシャ詰め合わせの包みを出してお茶の準備をする。家の娘二人は今日、三度目だけどやっぱり食べるようだ。
「そういえば、ルリは会うの初めてよね」
「はじめまして、神聖教会でシスターをしていますフランチェスカといいます。フランとお呼びください」
「アイカワ・ルリです。ルリが名前です。よろしくお願いします。
わ~、すごいですね。それがアリスちゃんが言っていた、噂の信仰の力ですかぁ」
ルリさんの熱視線は、シスター・フランの質量感のあるその双丘に釘付けです。
「はい、女神様への溢れんばかりの信仰が詰まって……あ、これおいしいですね!」
「でしょ~、このキャラメル味と紅茶味は大通りのお店『ラング・ド・シャ』の最新作なんだよ~」
おいしいお菓子の前では信仰の話もスルーされるらしい修道女のシスター・フランに、『おいしいは正義』の伝道者であるルリがうれしそうに解説を始める。
するとアリスがなぜが自慢そうに、決して大きくはないその胸を対抗するように張って見せる。
「ふふん、この二種類のレシピはルリが考えたのよ」
美少女が三人そろって姦しいガールズトークをぼんやりと聞きながら、どこにでもいる普通の少女のように一緒に微笑む、まだ少し線が細過ぎる白髪の少女を眺めていた。
と、ふとこちらに視線を合わせると「えへへ」と幸せそうに、きれいな紅い瞳を細めて見せる。
そして、ああ、こんなありふれた日常が、もう手の届く場所にあるんだよと、晩蝉のような鳴き声がわずかに聞こえてくる夕暮れ前の病室で、今さらのように思い至るのだ。
「せっかくだから王都の名所観光のつもりで、みんなで行ってみよっか?」
「大きな教会なんて、見たことないので楽しみです。光が入るステンドグラスとか綺麗なんだろうなぁ」
「女神様の絵画や美しい石像もありますので、是非とも私フランにご案内させてください」
そんな訳で王都の大聖堂には、ひとまず近日中に時間をみつけて顔を出すことになるようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【勇者】達に用意された貴族用の客室に面した、中庭の木陰。夕陽が落ちるのを背に、明るいピンクのドレスを着たジョスリーヌ第三王女が、平河衛士にしなだれかかって耳元に小声で話しかけている。
「【勇者】の中でも最強のエイジ様に、第三王女であるこの私がご協力すれば、王国で誰よりも高見に登りつめることも夢ではありません。そしていずれはこの王国の全てを手に入れることも……」
「俺は権力なんかに興味は無いんだよねぇ。あ、でもそう言えば王国の後宮ってハーレムのことだったよな……」
どうも微妙に会話がかみ合っていない二人を少し離れた木の陰から、最近新しく習得したばかりの【潜伏】スキルでその身を隠した高堂享一が、ジィ~ッと覗き見ている。
「わあ、あの王女様、もう行ってるよ。ちょっとボソボソっとそそのかしただけで、チョロいなぁ。でも、これじゃ二人共バカ過ぎて、最後はあんまりおもしろくないかもなぁ。まいったなぁ、ど~しよぉ?」
隠れた木に後頭部をつけると、考え事をするように日が暮れかけた真っ赤な空を高堂はその細い瞳で見上げる。そして、何を思いついたのか、ニヤァ~、と口元を歪ませると音も無くその場から姿を消してしまっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜、夕食もお風呂も終えてから涼しい夜風にあたろうと、ルリを『車椅子』に乗せて王城内でも殆ど人の来ない裏庭を散歩する。
「おー、【波乗り】で浮かせると砂利道もらくらくだ。これなら王都郊外のオフロードも、ばっちこいだな」
「足元で波がチャプチャプいっているので、何だか気持ち涼しいんですよねぇ」
そんな他愛もない話をしながらも、誰一人いない裏庭をしばらくブラブラしてから、芝生があるのでちょっと休んでいくことにする。
芝生の上に直接座ろうとも思ったが、ルリはまだひとりで身体をしっかり支えることがちょっと難しいので、俺があぐらをかいてその上にチョコンと座らせてみる。
元々そんなに大きくないルリはその細い身体もあってか、すっぽりとおさまってご機嫌で夜空を眺めている。
「わあ、芝生の上って涼しくてとっても気持ちいいですね」
細い脚をスカートから真っ直ぐ伸ばしたルリが、ぱたぱたとその足首から先を振っている。
「昼間は少し暑かったからな」
「季節は元の世界と同じみたいで、もうすっかり夏ですからね。でも夜になると随分と気温が下がってすごしやすいですよ」
「ここは内陸で、特に周りは荒野のようだから。湿度が低くて、カラッとしているからかもな」
「元いた湘南は海が目の前でしたからね。そういえば、夏は海で毎年恒例の花火大会があったじゃないですか、あれ私の病室からは特等席で見れたんですよ。
あの時だけは、ちょっと得した気分でした。えへへ~」
「あ~、花火の打ち上げならバイトで手伝ったことがあって、あれも特等席だったけど、ほとんど真上に花火があったからなぁ。花火の発射装置そのものには近寄れなかったけれど、花火玉はちょっとだけ見せてもらったりもしたな。
あとその伝手で、千葉にあるテーマパークの打ち上げ花火も手伝ったこともあるぞ」
「わー、いいなぁ。私、あの大っきなテーマパークって本当に小さな頃にしか行ったことがなくって。まだまだ小さ過ぎて、私ほとんど覚えていないんですよねぇ。
確か、夜にピカピカ光るパレードがあって、お城に花火がポンポン上がっていたと思うんですけど……」
「ああ、それだな」
「いーなぁ。でも、もう見れないしな~」
王都の街並みには日本のように電気の灯りなんて無いからか、無暗やたらと降り注ぐような星々が輝く夜空を見上げながらルリが残念そうに、がっくりと小さなため息をつく。
そんな白髪の少女の悲しそうな横顔を見ながら、『魔素』を複数の波動で空中の一点に向けて最大振幅で共振させて、一気に短絡させると火花ぐらいは出るんじゃないか――なんて考えてみる。
いけるかも。と王城を見上げて、天空を指差し少女の耳元でささやく。
「ほら、見れるぞ」
「え?」
次の瞬間、お腹にズシンと響く爆発音と共に五層構造でできた王城の尖塔の、その更に上空にひときわ大きな【HANABI(爆裂)】魔法が炸裂した。
「わわ!」
「おお、思ったより大きい」
「わー、花火……きれい」
夜空の花火を見上げる少女の横顔にはもう沈んだ影は見当たらず、大きく見開いた紅い瞳をキラキラさせて、うれしそうに微笑んでいた。
そうだ、周波数が高いと青色に低いと赤色に見える光みたいに、『魔素』の周波数を変えて色彩を変化させられないかな。おお、できる。じゃあ、周波数を変えて連続して発射してみると――わお、スターマインができたぞ。
「わわわ! すごい、すごい! いろいろな色の花火がいっぱいです」
「よかったな」
「はい……異世界に来て、楽しいことがいっぱいです。
昔、小さい頃に読んだ絵本に、思い出を小瓶に入れて、取っておいて後で見ることができるという童話があって。
私……、そのお話がちょっとだけ好きでした」
夜空を飾る花火の灯りで照らされた白い長髪の少女の横顔をそっと覗くと、その細められた紅い瞳の端にわずかに反射した光が揺らめいていた。
「スマホで写真に撮って、フォトアルバム機能に保存しておくからさ。後で好きなときに見るといい」
そう言うと王城と花火を背景に膝の上に座るルリを、【時空収納】から取り出したスマホで、パチリコと写真に収める。
「せっかくなので、二人で一緒に写りませんか?」
「ツーショットか……」
「いや、ですか?」
俺の膝の上に座ったまま下から覗き込む紅い瞳に、ちょっと苦笑して、
「いいよ」
と、今度は自撮りで二人一緒に、パチリコ。
「えへへ、またひとつ夢がかなってしまいました」
少しだけ暖かなその背中を俺の胸にピッタリとくっつけて、王城に花火の上がる夜空を見上げる白髪の少女は、この世界でひとつづつ小さな夢をかなえ、その思い出を少しづつ小瓶に入れていく。
願わくばその思い出が、楽しいものでありますように。
あ、王城の方が少し騒がしくなってきた。




