11話 強奪
王国の【勇者】召喚の成功を祝う王城での晩餐会。その入場前の控室でフレデリック第一王子はエスコートしているフィアンセの公爵令嬢ミュリエルの顔を見て、気付かれているとも知らず小さなため息をつく。そしてそれを誤魔化すように、そばに立つ護衛のランベール副騎士団長に、彼が同伴していないフィアンセの所在を訊ねてみる。
「ランベール副騎士団長、そなたフィアンセのエルミール嬢はどうした?」
「私はフレデリック殿下の護衛の任務がありますので。いずれ会場でご挨拶することになるでしょう」
「ん、そうか悪いな」
「いえ」
そんな返事を聞くと、フレデリック第一王子はもう一度フィアンセの公爵令嬢ミュリエルの顔を見て、今度はさっきより大きめのため息をついた。
一方で既に王族達の入場順の前に、晩餐会の会場入りをしている【勇者】ご一行様がいた。
「やっぱり琳ちゃん、かわいいね~。私の家の本家は京の古い呉服屋だから、今日は西洋風ドレスを着れてうれしいよぉ。クリノリンは慣れないし、コルセットはキツイけどねぇ」
「う~、なんだか恥ずかしいわ」
藤色をしたドレスに長い濡れ羽色の黒髪を垂らした宮野副生徒会長が、ターコイズブルーのドレスを着てシフォンボブの黒髪をさっきからフルフルと振っている長瀬風紀委員長を褒めている。すると、そこにきちんとこちらも正装した沢登生徒会長がイケメンな声をかけてくる。
「二人とも良く似合っているよ」
初めての正式な晩餐会にそれぞれがドレスアップして、いつもと違う雰囲気に三人組は少し浮かれている。平河衛士と高堂享一も同じように正装して、広い会場の前方で大人しく並んでいた。
「すっげぇ~、まじもんの貴族ご令嬢がいっぱいっスよ、高堂先輩! うお、宮野副生徒会長の胸の谷間ってヤバくないっスか?」
「平河くんって、いつも幸せそうでいいよねぇ」
「へへん、今日は後でおもしろいモノ見せますから、楽しみにしていてくださいね!」
「へえ~、おもしろいのかあ。いいね、それ」
そんな今日の主役の【勇者】達の隣で、ひときわ周囲の注目を一身に集めている少女がひとり。
(うーん、貸してくれるっていうのは、やぼったい感じのAラインのドレスしか用意されて無かったから、これにしたけど……ドレスコード的には、途中でバックレた方がいいかもねぇ。
そもそもプロの元引き篭もりの私には、こんな所に長居は無理だわ)
アリスは周囲の王国スタンダードな貴婦人達の装いと違い、二種類あるジョブ装備のうち、いつもの真紅のカラーではなく、【聖女】専用ドレスアーマー装備から白銀プレートを外した、輝く純白のストラップレスからベルラインのミニ丈スカート、そこから伸びる長い脚に白いレースのアンクルソックスと赤のメリージェーン・パンプス、すらりと細い腕に白いフリル付きリスト丈の手袋、白いレースのリボンでツインテールにまとめた紅い長髪をぴょこぴょこさせていた。
今日はいつもより少しヒールが高いので、アリスが歩いて腰がふりふり動くたびに、スカートの中のパニエがチラチラと見え、時々フリル付きのショート・ドロワースが見えそうになる。
「アリスさんのそのドレスは王城の物とは全く違っていて、それはそれはとてもお似合いですね」
今日はライトイエローのドレスを着てストロベリーブロンドの髪をシニヨンにまとめた、マリーアンヌ第二王女が見たことの無いデザインに驚いているようだ。周りの紳士淑女の皆様もそのまるで人形のような可愛さに全くの同意見のようで、ざわざわとアリスを取り囲み始めている。
そこへようやく入場して来たフレデリック第一王子が真っ直ぐに宮野副生徒会長に突進し、その手を取るなり前回同様にその指先にキスし始める。
「ああ、何と美しい! 女神の祝福を一身に集める、我が【勇者】カオリ殿!」
置いてきぼりにされながらも足早に追いついてきたフィアンセの公爵令嬢ミュリエルに、遅ればせながらもランベール副騎士団長とそのフィアンセの伯爵令嬢エルミールも合流する。
するとそばにいたエドモント第二王子が横から呆れたように口を出してきた。
「兄上、フィアンセ殿を置いて行かれるとはいかがなものでしょうか」
「ん? そうだったか?」
まったく無感動に返事を返すフレデリック第一王子に、エドモント第二王子の視線がきつくなる。
そのすぐ隣で鮮やかなオペラピンクのドレスを着た、ジョスリーヌ第三王女もマリーアンヌ第二王女を睨んでいるようだ。
しかもみんなストロベリーブロンドの髪で目立っているのだが、逆にとっても冷え冷えとしているのは何でなんだと、そんな様子を見せられてアリスはますますバックレたくなる。
(こんなに兄弟姉妹で仲が悪くて王位継承は大丈夫なの? 私達を巻き込んで継承権争いとか、やめてよね!)
そこにニヤニヤした平河衛士が近寄って来る。
(ひへへ、とうとう【鑑定】スキルで周囲の奴らのスキルが見れるようになって【強奪】できるぞ! まずは、これまで散々俺をバカにしやがった、お前からだっ)
「マリー王女殿下、実は毎日の訓練が厳しくて厳しくて辛いんですよ~」
「まぁ、それは困りましたね」
「そのような不甲斐ないことを、よくも我が姫殿下に対して。この場で鍛え直してくれようか」
平河衛士の分かりやすい釣りに、マリーアンヌ第二王女の隣にいたランベール副騎士団長がまんまと引っかかる。
「あー、じゃあやる気がでるように、何か賭けようよ。例えば、そう、あんたのフィアンセとか」
「な、何をおっしゃるのですか」
「かまわんぞ、【勇者】エイジ殿。ここは私にお任せください。我が姫殿下がお心を煩わすことなどございません」
慌てたマリーアンヌ第二王女が止めに入るが、敬愛する姫殿下を目の前にしてランベール副騎士団長が良い格好をする。それを見ていた高堂享一が女騎士のタチアナ副騎士団長に近寄り、小さな声でぼそぼそとつぶやく。
二人はテラスから出て芝の庭園の中央で刃引きの剣を構え、模擬戦の審判をかって出たタチアナ副騎士団長が片手を上げる。すると、平河衛士は剣を左手に持ち、ランベール副騎士団長へと右手を差し出して歩み寄る。
「俺の国では試合の前に相手に、敬意を表して握手するんスよ」
「ふん。異世界の平民文化か」
不満そうに、それでもプライドが邪魔をしたのか握手をするランベール副騎士団長。
(【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、【強奪】!、……よし! ひへへ、全部取ったぞ!)
そんな二人を遠くから見て、まさかね、と思ってしまうアリスだった。次の瞬間、立会人となったタチアナ副騎士団長の手が下される。
「殺さぬよう参ったと言うまで、はじめ!」
「ひへへ! 後悔しろ!」
「う、何っ?」
【強奪】したばかりの【加速】スキルでその間合いを一気に詰める平河衛士に、普段のように剣を振るうことができず驚愕するランベール副騎士団長が制止しようと手を上げる、が。
そこからは一方的な公開リンチとなった。突進した平河衛士がランベール副騎士団長の顎を真っ先に剣で横殴りにして砕くと、喋れなくなったところを、倒れそうになるその身体を支えるように顔、胸、腹、腕、脚と刃引きした剣で斬撃ではない打撃を繰り返す。
決して相手の身体が倒れてしまわないよう、それだけのために唯ひたすらに計算された打撃を放ち続ける。そしてその演武に合わせるように、周囲には血煙が霧のように漂い始める。
最初に異常に気が付いたのは審判のタチアナ副騎士団長だったが、直前の高堂享一の言葉――「驚きの余り、試合を止めるのが遅れたりすると、一体どうなるんでしょうねぇ」――を思い出し、喉まで出かかった声が霧散して、その口元は三日月の形に歪む。
「そ、それまで! 騎士団長の権限でこの模擬戦の結果を預からせてもらう!」
ようやく離れて見ていた王国騎士団長が止めに入った時には、ランベール副騎士団長だったモノは、血にまみれ、顔は腫れ上がり、胴体に痣の無い箇所はなく一部肋骨が飛び出し、腕と脚は折れ曲がって白い骨がはみ出し、本来の原型を留めていなかった。
すぐに医者がその場で回復魔法をかけたので、一命だけは何とか取とり留めたようだった。
「はははっ! バカにしていた相手に、ボコられる気分はどうだ? 貴族だ騎士だって、いい気になってんじゃねーよ! 俺はチート持ちの最強【勇者】だ!」
倒れたランベール副騎士団長を見下ろした平河衛士が、周囲で唖然としている貴族達に聞こえるよう大きな声で叫ぶ。
「あんた、スキルを【強奪】したわね」
アリスが詰め寄るが、剣を持ったまま肩を竦めて悪びれる様子も無い。
「スキルを使っちゃいけねーなんて言ってないぜ? ってゆうか、いつも【剣術】やら【身体強化】やらスキル使いまくっていたのは、そいつだろ? 今更何言ってんだよ。
あ、そうかそうか、大丈夫だ安心しろ。俺は日本人からは【強奪】はしないよ」
それを聞いた周囲の人間達は――いや、日本人以外のこの世界の人間達は全員が、溢れる狂気を浮かべた平河衛士から、思わず後ずさっていた。
そうだ、【勇者】エイジは他人のスキルを【強奪】することができる、最凶のチートスキルを持った異世界人なのだ。
その事実をすっかり忘れていたこの世界の平和ボケした人間達は、やっと思い出したように心に刻み込むこととなった。
自分たちが誰を召喚したのか、どんなスキルを持った人間をこの世界に呼び込んだのかを。
「はははっ、いー気分だ! それじゃ、景品をいただいて行くとスっか! 来いっ!」
「え? きゃ!」
ランベール副騎士団長のフィアンセの伯爵令嬢エルミールは、平河衛士に腕を掴まれて引きずられていく。
それを止めるものは、この世界の人間には誰もいなかった。
その二人の後ろ姿を苦い顔で見送るマリーアンヌ第二王女、そしてその姿をいい気味とでも言うようにニヤニヤと見ているジョスリーヌ第三王女がいた。
そして余りの事に、同じ日本人である生徒会長達三人は呆然としてしまっていた。そこにフレデリック第一王子が「カオリ殿は私が必ずやお守りいたします」と言い寄っている。
高堂享一は一人笑いをこらえきれないようで「くっくっくっ、おもしろくなってきたねえ」と密かにつぶやく。
その隣でタチアナ副騎士団長も「ふふふ、これで私が……私こそが」と、これ以上は無いというほど、黒い悪人面をして笑っていた。
それらを、ぐるっと一通り見回してから、「はあぁ~」とアリスは大きなため息をついて、トボトボと友達二人の待つ病室に向かうことにしたのだった。
そこから少し距離を取った場所で、エドモント第二王子とひとりの若い貴族が小さな声でコソコソと話をしていた。
「あ、あんな危険な【勇者】ではなく、私の言うことを聞く手駒が必要だ。何だあれは、あれはダメだ。あれではまるで……他に何かないのか」
「エドモント殿下、実はここにいるのとは別ですが病室にも……」
うやうやしく耳元に近づいて、長身のニヤけた優男の口がいやらしい笑いに裂ける。




