10話 単騎殲滅戦
二度目となる冒険者ギルドの扉を抜けると、どう考えてもアリスを探す人々の窺うような視線が突き刺さって来る。
今日は俺一人なので皆も安心してねと、クエストボードの『常時依頼』を眺めていると、それでも話しかけてくる奴はいるようだ。
「おい、お前は昨日、紅の女と一緒にいた短パンだろ」
まあ、Tシャツがロゴ入りコスモグリーンになって、サーフパンツがアーバン迷彩になっているだけだから、バレるか。それでも、アリスの隣で目立たないようにしていたハズなんだが。
振り向くと金髪をツンツンに立てた碧眼のイケメンが、金髪ロングとブルネットウェーブのたぶん美少女なんだろう二人を連れて、こちらを指差していた。
俺のお気に入りのサーフパンツを馬鹿にしてんのか、といつもにも増して目付き悪く睨み返す。
「んぁ?」
「あの美貌と強力な魔法は、見習いランクFのお前なんかにはもったいない。もうすぐランクDになる俺様のパーティーに入れてやるから、ありがたく思え」
ドヤ顔で何言ってんだ、この『俺様』は。ようは今現在はランクEで下級ランクのしかも最下位ってことじゃないか。昨日のアリスの上位風魔法のしかもオリジナルスペルを見て、そのスキルレベルが理解できなかった素人ということか。
男一人に女二人のハーレムパーティーってことは、下半身だけじゃなく頭も沸いてんのか? アホは無視だな、と受付の女性に必要は無いのかもしれないけど、念のために昨日と同じ常時依頼の『採取クエスト』を受けることを伝える。
「こら短パン、何とか言えよ!」
「そーよ、そーよ! アタマ悪そうな顔して!」
「弱っちいカッコして、無視すんじゃないわよ!」
短パン短パン煩せーよ。悪かったな、ど頭悪そうで。そんなに、この世界の教育レベルは高いのか? てか、そーゆーお前達も、そんなに賢そうには見えねーぞ。
俺が弱っちいのは、マジでホントなんだが。ああ、そういえば今日もアリスから借りてる片手剣を【時空収納】にしまったままだったのか。
「ごめんなさいね、新人なもので。後でギルドの方から注意しておきますから」
「はあ~、面倒ごとは勘弁なんで、頼んますね」
後ろからは三バカが喚きちらし、前からは冒険者ギルドの受付の女性が謝るという、なんだか忙しない状況に、投げやり気味に心底うんざりする。
後はまかせて、トットと行くとしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
昨日と同じ大森林の入り口を目指して、ひとりで街道をてくてく歩きながら、ユニークスキルの【波魔法】の使い方をぶつぶつと言いながら考える。うん、明らかに危ないヤツだろう。
「【ソナー(探査)】で魔素を波動と考えて反射波を検波したけど、反射する対象の固有周波数を重畳している反射波から分別して検波できれば、種族ごとの広義の固有値の他に振幅や位相のゆらぎで個体の敵識別判定ができるかも……」
とか考えながら、森の入り口まで歩いて来ると魔物のマーカー反応があって、昨日に戦闘した魔物のサンプル周波数パターンに適合ありだった。
「おお、これは便利かも」
10mぐらい先の魔物2匹に向かって【ビーチフラッグ(加速)】で突進して、すれ違いざまにホーンラビット2匹の首に片手剣を殴るように当てる。
刀のように切るための剣ではないから、間違いなく腕前が悪いせいで、骨に当たる鈍い音が聞こえる。う……剣が折れるのは困るな。
やっぱり今日はソロということもあるし、森の入り口付近で【ソナー(探査)】に引っかかる魔物で2匹程度の集団だけにしておこう。と、思っていたが、昨日同様にエンカウント率が高く、昼前にはブラックドッグ9匹、ホーンラビット8匹、ビックピッグ4匹を狩り倒していた。
「なんか思ったより多くないか? こんなもんなのか? でも買取りのおっさんは多いようなこと言ってたよなぁ。
はっ! もしかして接敵して『逃げないから』か? でも、最低ランクEのあのザコ魔物三種を相手に逃げていたら、狩る魔物がなくなっちゃうぞ」
昼食には城下町で買っておいた、やはり何の肉か不明な串焼きを食べながら考え事を始める。うんうん唸っている間に少し慣れたのか検波レベルが上がって、索敵範囲が広がりさらに少ない魔素と周波数の解像度が上がった【ソナー(探査)】に、複数のマーカー反応を見つける。
どうも、魔物3匹と人だろうか、三つのマーカーが団子状態になって森の奥から近づいて来る。敵味方識別信号なんて無いから、種族ごとの【魔石】が持つ固有周波数を【解析】しているんだが、追われているらしい三つにはその【魔石】の反応がないようだった。
魔物も3匹程度ならと、森の木々に隠れるように様子を見に行くが、すぐに後悔した。
見たことのない魔物のマーカーだと思って、近づいて【解析】するとゴブリンと言う人型の魔物だった。しかも、拾い物のような鉄兜や軽鎧を着てグキャグキャ言いながら、どう見ても既に死んでいるようにしか見えない、冒険者らしき三人の人影に群がって雄叫びを上げながら錆びた剣と槍を刺し続けている。
ゴブリンは確か集団だとランクDの魔物にまでなるとアリスが言っていたし、こんな街道に近い森の入り口には出ないと聞いたんだが。
さらに【ソナー(探査)】には追加で2匹が森の奥から接近してきているのが分かる。男女三人に見える冒険者が森の中から逃げて来たのを追う、間延びしたモンスタートレイン状態のようだ。
そうしていると冒険者と思われる男の死体の尻から槍を刺したゴブリンが、まるで糸の切れたマリオネットのように男の手足をぶらぶらさせるのを木の陰から見て、息をひそめて少しづつ後退を始める。
すると残り2匹のゴブリンが二人の長い髪の女の死体の服を剥ぎ取り始めた。ちょっと、ムッとして殺気が漏れ出てしまったのか、その内の1匹と目が合ってしまう。
ちっ、まずった。一対多数で囲まれるのは絶対にまずいので、できるだけ一対一になるよう、【ソナー(探査)】で敵位置を俯瞰しながら、森の木々を盾に、【ビーチフラッグ(加速)】で高速移動を続けて、先制攻撃とばかりに片手剣で切りつける。
一対一に持ち込みさえすれば、ゴブリンにはスピードで負けてはいないようで、危なげ無く首筋を狙って殴るように剣を繰り出す。
最初の3匹を切り倒して追加で来た2匹を相手しているとき、ついに鈍い音と共に耐え切れなくなったとでも言うように、アリスに借りていた片手剣がとうとうポッキリと折れてしまった。
「づあっ!」
すぐさま【ビーチフラッグ(加速)】を重ね掛けして、軋む全身の骨を無視して最初に倒した3匹のところに移動して、ゴブリンが持っていた二本の刃こぼれした片手剣を両手に引っ掴んでから、取って返して2匹に再突進する。
2匹のすぐ後ろにはさらに4匹のマーカーが接近して来ている。こいつらが来るのを待ってはいられない、数で押し込まれる前に切り倒すんだ。
「ぐぁああっ!」
その後も剣で切りつけて折れては拾い、拾っては両手に持って切り倒してを繰り返していると、【ルリの友達】スキルのおかげか【剣術】がLv2にレベルアップ、さらには【二刀流Lv1】なんてスキルまでいつの間にか習得していた。
「がぁああ!」
なりふり構わず拾った剣を振り回し続けて気が付くと体中が青い血まみれで、周囲には数えきれないほどのゴブリンが倒れていた。おお、何とか殲滅できたようだ。
固まった指から離れない片手剣を無理やり両手から引き剥がすと、冒険者三人の遺体を確認する。遠目には薄汚れてぼろぼろだったから良く分からなかったが、今朝ギルド会館で会った新人の男女三人組のような、気もする。なんせ顔が切り刻まれているので、カードとか装備とかでないとはっきりとは判断できそうになかった。
しかたがないので、少女二人の剥ぎ取られた服もできるだけ元に戻して、何も言わなくなった三人の遺体を【時空収納】にしまう。ああ、やっぱり人も死ぬと物として収納できてしまうのか。
ここは驚くほど、人の命が簡単に失われる世界だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
切り傷、擦り傷、打撲などで身体のあちこちがズキズキするのを無視して、乾いてカピカピの青い血を全身にこびり付かせたまま、冒険者ギルドの扉を開く。
結局23匹のゴブリンがいたわけだが、討伐部位を見せることもせずに、ぎょっ、としている受付の女性に常時依頼の『採取クエスト』報告と合わせて、奥の部屋で三人の遺体を引き渡す。
ギルドカードを確認した受付の女性によると、やはり今朝ここで絡んできた新人の男女三人組だったようだ。レベルの低い三人が受けたクエストでは森の入口より奥には入らないハズなのに、とか悲しそうにつぶやいていた。
俺はそのまま、ギルド会館の裏手で頭から水を浴びて服の青い血をザッと洗い流した。そして午前中に狩った魔物の剥ぎ取り部位を買取のおやじに売って、ゴブリンの装備はすべて近くの鍛冶屋に鉄屑として売り払ってしまう。
何だかガッツリ疲れたので、大通り公園のベンチで服が自然に渇くのを、ズキズキする身体とボ~ッとした頭で待ってから、そうだルリに甘いものでも買って帰るかと思いつく。
大通りの商店街を歩くと、煉瓦造りに蔦の張った可愛い外観の『ラング・ド・シャ』という、そのまんまの名前の店に入ってみる。人気店なのか店内のテーブルは若い女の子でいっぱいだった。
「いらっしゃいませ~」
迎えてくれたのは白い半袖ワイシャツに、おしりが見えそうなほど短い黒のショートパンツをサスペンダーで吊っている、ブロンドヘアーをショートボブにした可愛い感じの少女が一人。白いフリルの付いたエプロンには、ニヤニヤ笑うチェシャ猫が舌を出している。
やっぱりラングドシャのクッキーかなとショーケースのを眺めてみる。
「お持ち帰りですか? ボクのお勧めはこのプレーンのクッキーです。クリームをサンドしたのもおいしいですよ」
おお、ボクっ娘だ。いるんだリアルで。流石は異世界。とズキズキする頭で考える。
「私は新作のチョコのラングドシャもお勧めです」
奥からもう一人、全く同じ格好をした少女――いや、あれは男の娘だ――が出て来た。ボクっ娘と男の娘は髪型まで同じだ。すごい、まだラングドシャは食べてないけど、なんだか気分はトレビアンだ。別の意味で頭がいたくなってきた。




