14 蝶と堕ちた魂と
【view:桜井葦人】
朝、学校に来ると教室の前の廊下が凄いことになっていた。
「我々はあああ!! 断固、旧制度スクール水着と旧制度体操着であるブルマーの復活をおおお!! 求めるものであるううううううう!!」
教室の前は机や椅子を使ってバリケードが張られており、はるか昔にあった学生運動のような様相を呈している。
誰に説明を求めるまでもなく、何がしたいのか何をやってるのかは丸解りだった。
問題は結構な生徒数と場を収めるべき教師までもが参加していることだったりする。
さらに、生徒会の一部役員がいるのはいいとして、女子生徒も参加しているのが意外すぎる。
「愚かなことはやめて、廊下を開放しなさあああああい!!」
「く、黒星くーん……そんなことはやめてくださあああい~!!」
それに相対するは風紀委員をはじめとした生徒会の役員や良識のある教師のようだった。
愛姫は護身用かはたまた鎮圧用か彼女愛用の刀も持ってきていた。
「美波先生、愛姫、おはよう」
「あ、桜井君。おはようございますー」
「桜井先輩、おはようございます」
「ごめんね桜井君。今は見ての通り教室には入れなくて……」
「いえ、美波先生のせいでもないですし。まだ始業時間まで時間はあります」
「そうですね。それまでにはこの問題を片付けなくてはなりません」
「ごめんね、愛姫さん。ちょっと他の先生方を呼んで来ます」
「はい、お願いします」
そう言って、美波先生は職員室の方へ駆けていった。
確かに、こういった問題は美波先生向きじゃないよな。
「それにしても、愛姫は朝から大変だな。これって一応高等部の問題だろう?」
中等部の愛姫からすればいい迷惑だろう。
「いえ、この学院の風紀を守るのが風紀委員ですから。中等部も高等部も関係ありません」
おお、いい子がいる。感動だ。
「おはよう、桜井君。この騒ぎは何? レコンキスタ?」
「おはよう。何なのって言われても見たまんまとしか」
丁度、登校してきたらしい凛音が俺の隣でそう問うてきた。
彼らの国土(スク水ブルマ領)を再び取り戻す為の運動であると考えれば、レコンキスタと言えなくもないが。
再征服運動というより再制服運動……再体操服運動というか再水着運動というか……。
「最低ね、桜井君」
「今、お前の頭の中でどんな理論展開が行われたのか詳しく」
「女性の心を覗こうだなんて、趣味が悪いわ」
「オーケー、理解した。昨日の風紀委員長の話から発展して俺がこの状況を扇動したと思ってるな」
「あら? 違うのかしら?」
「ていうか、よくわかりましたね、桜井先輩……」
わからいでか。
「いや、ありきたりな受け答えじゃ、どこまでも貶められるからな。円滑な対凛コミュニケーションには思考パターンを読むのは必要だ」
昨日一日、凛音と会話して学習した。
「それって、コミュニケーションっていうか……読心術……」
「というわけで、俺は関係ない」
「そう。面白くないわね」
「俺も面白くないな」
「あの、来栖川先輩もご迷惑をおかけしまして、すいません」
愛姫は生徒会の一部役員も参加していることを気にしているのかもしれない。
「気にすることはないわよ? 貴女の責任とは思ってないから」
「俺の責任でもないからな」
「…………」
「これが思考の先読み……!」
「私は、桜井君の責任だと思ってるわ」
スルーッ!!
俺の発言など完全無視して俺に責任を持ってきやがった!
「俺の責任じゃないとわかってるくせにそう持ってくるのは悪意以外の何者でもないな」
「それが嫌ならさっさと場を収めてきなさい」
責任の所在をこっちに持ってきたのは、俺が動くように仕向けるためか。
仕方ないな……、とりあえずバリケードをどうにかしようと黒星連合の方へ行こうとしたところで。
「不真面目不真面目超不真面目ッ!! アナタたち、こんなことして許されると思ってるのッ!?」
風紀委員長の華京院上下覇が風紀委員の部下たちを引き連れてやってきていた。
「うるせええええ!! オレたちがこの学校をより良くしようというのだ!! それを風紀委員長に許してもらう必要はないぜえええ!!」
「このキモオタどもめっ!! アナタたちの身勝手な欲望にこっちを振り回すんじゃないわよッ!!」
相変わらず、テンション高いな。
などと他人事のように、このまま場を収めてくれないかなと思ったら。
「あああああああッ!! 桜井葦人!! またアナタの仕業なのッ!?」
「違うよ」
「そう、やっぱりそうなのね!! アナタみたいな人がいるから学院の風紀が乱れるのよ!! 風紀隊、前へ!!」
は な し が つ う じ な い。
華京院はこちらの主張など聞く耳持たず、手を前に振り出し風紀委員に俺を捕縛するように命令を出す。
中には明らかに木刀や警棒で武装しているヤツもいるわけで。
「オレたちの委員長と会話するとは……許せんッ!」
「オレたちの委員長と仲良くするとは……許せんッ!!」
「委員長ハァハァ……!!」
捕縛だけで済みそうにない!!
「抵抗はするな!! 私刑だ!! くらえ!!」
「そうだ!! 死刑だ!! 死ぬがよい!!」
「ハァハァ!! ハァハァ!! ハァハァ!!」
「あぶなっ」
明らかに捕縛するつもりのない全力の木刀の一撃をすいっと避け、黒星たちのバリケードの方へ後退し、間合いを取る。
「葦人君、こっちです!」
バリケードの一部を崩し、鈴音が手招きをしている。
鈴音もいたのか、そして当たり前のように復活希望側なんだな。
「すまん。助かる」
これ幸いとバリケード側に避難するが、
これは確実にこっち側だと判断されるだろうな。
「桜井葦人!! やはりアナタはそっち側だったようね!!」
「委員長、それは委員長が追い立てたからだと思いますが」
愛姫がフォローしてくれている。本当にいい子だ。
「やましいところが何もないなら、あっちに逃げる必要もないのよ!! だからアイツはあっち側なのよッ!!」
(桜井先輩、すみません。私では説得は無理です)
愛姫がすまなそうに見てくる。
(気にするな)
と、手を振って応えておく。
「アナタたちのようなキモオタに主張する権利はないわ!! ただちに廊下を開放し、お縄に付きなさい!!」
「嫌だね!! この主張が受け入れられるまでは譲るつもりはない!!」
「大体アナタたちはいつもそうね!! ちょっとでも気に入らないことがあればすぐに批判して!! 批評家気取りで!! 今期がはじまって間もないのに、今期はクソだとか今期はもう全部切ったとか!! そんなこと言っておきながら、結局最後まで見てんじゃないわよ!! 不満なら見るな!! 批判する為だけに見るんじゃない!! 楽しみに見てる人だっているのよ!! 不満をいうだけ言って、誰かに責任を被せて!! 何かを為す苦しみも、生み出す苦しみもキチンと解ってて言ってるの!? 無責任にやりたいことだけ吼えてるんじゃないわよッ!!」
なかなか熱く語っている。
テレビ的に不満なら見るなと言うのは完全同意だが、製作者側の心情を汲めというのは無茶だな。
あくまでエンターテイメントはユーザーに委ねられるものであって、製作者の都合を加味されるべきものではないと思う。
華京院のオタク批判は続く、
「変な言葉回しで会話センスがあると思うな!! 聞いてて寒いのよ!! 道の往来で成年向け同人誌広げるな!! 小さい子も歩いてるのよ!! 道を歩きながらゲームするな!! 危ないでしょ!!」
「快楽主義者で欲望に忠実なオタクなんて大ッ嫌いよ!! 独り言は多いわ、周囲の迷惑をかえりみないわ、そのクセ1人じゃ言いたいことも言えないんでしょ!!」
「オタクなんて社会不適合者で最下層のダメ人間よ!! そこの桜井葦人のようにね!!」
ここで俺を晒し上げてくるとは。
いかに他人に迷惑を掛けているかを他の事例でイメージを沸かせ、さらに生贄のように1人を否定することで、全員の反省を促すつもりなのだろうが、うまくない。
やり方が粗暴で、雑だ。
「オレはオタクじゃねええええ!!」
「スク水だのブルマだの言ってる時点で説得力はないわよ!!」
「オレはちょっと欲望に素直な思春期男子ってだけだぞおおおお!!」
「もういいわ! 話にならないようだから、実力行使に移るまでよ!!
華京院が風紀隊に指示を出そうとする。
「華京院上下覇!!」
声を張り上げ、場の注目を得る。
「桜井葦人っ!! 自分の罪を認めるつもりになったのかしら!?」
「違う!! 俺は何も罪を重ねてなければ、この要求も間違っちゃいない!!」
やり方は確かに間違ってるかもしれないがな。
「間違ってない……?」
「スク水やブルマの採用を願うのはそんなに間違っていることか!?」
「当たり前よ!! 男子の欲望にまみれた目に晒される女生徒の気持ちを考えたことはあるの!? 間違ってるに決まってるでしょ!!」
そのとおりだ。
「だが、異議あり!! ではまともな議論もせず、学院側にも話を通さないまま否決するのは間違いではないのか!?」
昨日の生徒会を見た限りでは華京院が一方的に否定していたようだった。
これほどの人数が望んでいるのならば、学院に話を通してもいい規模のはずだ。
「そんなもの議論するまでもないからよ!! そもそもスク水やブルマなんて時代遅れで卑猥なもの、国も認めるわけがないでしょう!?」
「時代遅れかどうかは生徒が判断する!! そしてスク水やブルマと国は関係ない!! あくまで学校側が選ぶものであり、国に伺いを立てるものでもない!! それが廃止されたのは世論がそれを許さなかったからだ!!」
「なら世論という一般の共通観念に従いなさいよ!!」
「だが、時代は変わっている!! スク水やブルマが完全廃止されたのは21世紀初頭……、今は22世紀も目前であり時代も変わっているのだ!! そして、何よりも此処は秋葉原!! そこに住まうものが果たして否定的な反応を返すだろうか!?」
一拍を置く。
「ならば今一度、世に問うてもいいのではないだろうか!! スク水とブルマの復古を!!」
なんで俺こんな討論してんだろう。
「そうだ!! そうだ!!」
「いえす、葦人君ないすなのです!!」
「ぐっ!!」
言葉に詰まる華京院。
「…………」
向こうの凛音に目を向けると、なんともいえないさばーとした目で俺を見ていらっしゃった。
違うんだ、華京院があまりにも聞き分けがないだけで、俺自身、スク水やブルマが死ぬほど好きってわけでは……。
「中立の立場で言わせて貰うけど……、欧米ではそういった服は個々人の人権を認めていないということで基本的にないわよ。それぞれの動きやすい服や水着で授業を受けているわ」
「そ、そうよ!! そんな服を着たらえっちな目で見られるに決まってる!!」
「そんな目では決して見ません!!」
黒星が言うと本当に説得力ないな。
「それは個人の思想の自由に含まれる!! 国が保証する範囲内だ!!」
「な…………」
「脳内妄想は制限できない!! するべきでもない!! 行動に起こしたときに罪にはなるが、それまでは合法だ!!」
「そもそも欧米の思想に準拠するなら、制服から廃止せねばならない!!」
「制服を廃止するのは犯罪に巻き込まれることの抑止力を廃止するということでもある!! それはするべきではないだろう!?」
未成年は制服によって社会的にまだ未熟であることを証明するものであり、危難に巻き込まれたときに保護を求めることも簡単である。
抑止力ともなれば、制服自体が犯罪に巻き込まれる原因ともなるのは問題といえば問題なんだけど。
なんというか……自分の都合の悪い部分は黙ったまま議論展開をするのはちょっと気が引けるな。
まぁ、気づいてないならばそのまま進めさせてもらう。
「そ、それは」
「それでも認められないと言うのならば、それは単純にお前が認めたくないと言うだけのエゴでしかない!!」
「…………」
「お前は欲望に従って生きている人種が嫌いだと言ったが、それはそのままお前にも当てはまることに気がついているのか!?」
「………………………………」
俺への個人攻撃のちょっとした報復として、言われたくないであろうことを言ってみた。
「…………そんな……、私があの病原体のような人種と一緒…………?」
衝撃を受けたかのように表情を歪ませ、顔を俯かせる華京院。
「…………委員長?」
「…………そんな、そんなわけない。だって、世の中にはいない方がいい人はいっぱいいて、私はそんな人をお掃除する力があって……」
「…………?」
華京院の様子がおかしい……。どこか空ろな表情で何事か呟いていた。
「私は…………あんな人たちとは違う!!」
と、不意に顔を上げ、叫ぶ。
「ああああああああああああああああああああああッッ!!!」
華京院が叫ぶと、突如黒い帯が彼女の周りに発生し、彼女を覆い始める。
それは彼女を守るようでもあったし、彼女を飲み込むようでもあり……。
何か尋常でないことが華京院の身に起ころうとしている。
俺は、前回の爆弾事件のときと同じような既視感を感じていた。
これは、おそらく、『現実にあってはならない出来事』だ……!
黒い繭が彼女を覆う。
「…………っ」
ずるり、と。
黒い繭から這い出るように、華京院が出てくる。
いや。
「華京院……?」
その姿は確かに華京院のものであるにもかかわらず、その背には被膜の羽が生えており、それが華京院とは『違う』のだと主張していた。
その姿は、明らかに現実には存在しない生物だ。
驚いたのはその姿がアポカリプス#0で見たパピヨンローズと呼ばれる蝶の使い魔に似ていることだ。
やはりこれもあのゲームが影響を与えているのか……!
ゲームでは感じなかったが、こうして相対するとわかる。
本能が教えてくる。
あれは不味い、と。
人が逆らっていいものではない、と。
あれは堕ちた魂だと。
「委員長!! いったいそれは……!?」
風紀委員達が華京院に寄っていく。
「…………うるさい」
手を一振り。
それだけで、彼らはまるで生気を抜かれたかのようにくたりと倒れる。
「きゃ、きゃああああああああッ!!」
「うわああああああああああ!!!」
「…………ッ!!」
バッ!!と愛姫が緊急事態を悟り、刀を構える。
周りにいた野次馬や生徒会役員たちも危機を察知し逃げ始めていた。
悲鳴、罵声があがる。
此処にきて場の混乱は極みに達する。
「凛ちゃん!! ましゃごん!!」
「ここにいます!!」
「姉さん!! アレは一体……!?」
鈴音が凛音に呼びかけ、華京院から離れさせる。
真砂も鈴音の呼びかけに応じるように傍に控えていた。
鈴音もわかってるのだろう、アレが前のように現実ではありえない出来事なのだと。
華京院は鈴音たちの動きを気にした素振りも見せず、愛姫に語りかける。
「みかん」
「は、はい……」
「アナタを誑かす原因を排除してあげる。だからちょっと待ってて」
すぅ、とごく自然に愛姫の頬に触れる。
その動きはあまりにも自然で、その自然さに愛姫も反応できず、愛姫もやはりくたりと倒れた。
「華京院……!! 愛姫やソイツらに何をした!?」
「みかんには特に何もしてないわよ」
愛姫には、って。それじゃ他のヤツらは……。
「それより桜井葦人。アナタを病原体と認識するわ。綺麗にしてあげる」
「遠慮する……って言ったら?」
「アナタの意思は関係ないの」
やはりか。
「不真面目なものは罰しましょう。
不実なものは誅しましょう。
不正なものは祓わなきゃ
きっとそれでうまくいく……」
華京院が臨戦態勢をとる。
「桜井様……!!」
「真砂、アレはなんなのかわかるか!?」
「あれは堕ちた魂『アドベントソウル』!! 華京院嬢の魂であって魂でないもの!!」
それはA能力と呼ばれるものと本質は同じ。
アポカリプス#0内の力を現実に反映させるという意味でA能力もアドベントソウルも同じものだ。
違いがあるとしたら、アドベントソウルは往々にして姿だけでなく、使い手の性格をも変えてしまうものであり、代償として身体能力の向上などが得られるらしい。
真砂が知っているということは……。
「まさかアレをどうにかして元に戻すのもAAAの仕事って!?」
「その通りです!! アドベントソウルならば一定以上のダメージを与えれば解除されるはずです!」
こんなことを真砂はやってきたってのか…………!
「来るわよ……!!」
凛音も戦うつもりのようだ。
華京院のことは良く知らないが、恐らく融通の利かない真面目な子だったんだろう。
なら少なくともこんな風に人を傷つけるのは望んでないんじゃないだろうか。
たとえ望んでいたとしても、このやり方は過激すぎる。
止めよう。
まだ能力を使い出して日が浅いが……、何とかしてみせる!




