表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤燈の街  作者: 漱木幽
11/12



 外には驚くほど人の気配がない。皆一様に家に閉じこもっているのだろう。

 マリアベルとセキトウは、手を取り合ったまま路地を走っていた。最初は歩いていたはずなのに、自然に歩調がはやくなって、気がついたら走りだしていたのだ。

 マリアベルは体力には自信があったが、セキトウは息も乱さず軽やかに、跳ねるように走る。手を引かれているマリアベルは、このまま手を引かれているうちは、どこまでも走っていけそうな不思議な気分だった。

 あっという間に広場に辿りつく。

 昼間の人ごみが嘘のように、その場は閑散としていた。街灯の光はいつも見るよりもなんとなく悲しげで、セキトウと会った日の、屋根裏のランプの光を思い出す。

 まるで舞台だ。演出がかっている。――何もかもが。

 広場に入ると、セキトウはマリアベルの手を離して、ゆっくりと開かずの扉の前まで歩いていく。

 塔は心なしか、さきほどマリアベルが見た時よりも強い光を纏っているようだった。ずっと近くで視てみると、塔の周囲を旋回しながら昇っていく赤い粒子が、古びた煉瓦の目に入り込んで、幾何学的な雰囲気を醸している。

 マリアベルがなんとはなしに煉瓦の目をあみだのようになぞってぼうっとしていると、重いものを引きずるような音が一瞬だけ響く。視線を向けると、手を翳したセキトウの目の前で扉が開いていく様子が目に入った。あれだけ錆びていたのに、最初に音がしたほかは少しも音がしない。

「開いた?」

 呆然と呟く。

 セキトウあ振り返って、笑いかけた。

「ここまで来ると、ぼくが失敗したことまで「彼女」の計算づくだった気さえするね。さぁ行こう」

 促され、おそるおそるセキトウの後ろについて塔の中へと入り込んでいくマリアベル。

 薄暗い中に彼女が一歩足を踏み出した瞬間、扉が用は済んだとばかりにひとりでに閉じた。

 一瞬、まったくの暗闇が視界を覆う。マリアベルの口から悲鳴が漏れた。

 しかし、数十秒もしないうちに、塔内部に街の空を照らしていた赤燈とそっくりの発光体が、ふわふわと漂い始めた。それらが数を増していくにつれて、塔の内部があらわになっていく。

 造りは極めて簡素なものだった。煉瓦造りの筒の壁に、螺旋状の階段を取りつけただけ。目的ははっきりしているように見えた。

 セキトウは辺りを見回すマリアベルを振り返って、目くばせをした。マリアベルがそれに頷き返すと、彼は黙って階段をのぼりはじめた。

 靴の音だけが厭に響き渡る。セキトウが上へ上へと進むたびに、赤い発行体はさっと砂細工のように細かくほどけて、彼の体に纏わりついた。おかげで下のほうはどんどん暗く見えなくなっていき、それに反比例してセキトウの光から洩れる粒子の明るさが増していった。

 外套から洩れた粒子が、すぐ後ろを歩くマリアベルにも降りかかった。

 ――そういえば、こんなに近くで見たことはなかったかもしれない。粒子は少しだけ目に痛く、温かく、澄んだにおいがした。

「彼女はぼくをつくったあと、こう言ったんだ」

 セキトウが振り返らずに、そう切り出した。

 マリアベルは突然セキトウが口を開いたのに驚いて、俯きがちだった視線を上げた。

「あんたは希望。最初の希望。わたしの魔術はあんたと、皆が完成させる―― ってね」

「それって何年前の話?」

「さぁ、どうだったかな…… きっと、五百年はまだ経ってないと思うよ。どのくらい前だったかなんて、きっとぼくよりもきみたちのほうが詳しいと思うな」

「五百年くらいずっと、空に居たの?」

「居たよ。ずっとね。もっとも、君たちには見分けがつかなかっただろうけど。あの光は皆、ひとつひとつ違うものなんだよ。おんなじものはひとつとしてない」

 セキトウは振り返らないが、おそらく笑っているのだろう。

 彼はやはり、魔女が最初に生み出した赤燈そのものなのだ。

「その中でも、ぼくは特別製だった。ぼくはトリガーを引く役目を持ってるんだ。だからどんな姿でも、意識を持ってる。君の言葉を理解できるし、きみが理解できるように話すこともできる。都合のいい姿を取ることが出来る。――でも、本質的には他の「彼ら」となんにも変わらないんだよ。ぼくは「彼ら」が出来ることを、意図を以てやっているに過ぎないからね」

 そう語るセキトウの体は、「彼ら」―― 赤燈たちを吸収してより強い光を帯びている。

「そう。モノとしてはいっさい変わりがない。けれど、さっき言ったように「ぼくら」は同じじゃない。そこがきみたちが勘違いしていたところだよ」

「勘違い?」

「そう。――きみたちが尊敬する「照らす魔女」が生み出したのは、ぼくひとりだけなんだ」

「――えっ」

 マリアベルの足が止まる。

 セキトウはそれに合わせて足を止め、曖昧な笑みを浮かべて振り返った。

「きみたちはこの塔の中で、彼女が生き続けながら街を照らし続けるために、「ぼくら」を生みだし続けているんだと思っていたんでしょう?」

「あたしはそうは思っていなかったわ」

「そうか。それじゃあ、きみだけは正しかったんだね。――それでも、魔女が生み出したのはぼくだけだったなんて、考えてなかったんじゃない?」

 その通りだった。

 マリアベルはあくまで、魔女が光を生みだし続けながら生きているという説に疑問を持っていたまでのことだ。最初のひとつ―― セキトウだけしか生み出していなかっただなんて、思いもしなかった。

「彼女はね、僕を生みだしたあと、魔術が一切使えなくなってしまったんだ。大規模な魔術を使って、力が尽きてしまったんだろうね。髪なんか、もう真っ白になっちゃって―― 別人みたいになってしまった」

セキトウはなぜかマリアベルの顔を見て、苦笑した。

「それで、皆には自分がただの人間になってしまったことを黙って、隠れて暮らしたんだ。すごく意地っ張りだったからね。おかげで皆は彼女のことをすっかり見失ってしまった。彼女は伝説になったんだ」

「なんで、塔の扉は開かなくなったの?」

「それはぼくにもわからない。彼女がそうしたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。……ぼくは、彼女がそうなるように仕組んだのだと思うよ。そんな気がする」

「自分が塔に閉じこもっているように見せかけるために?」

「――いや」

 セキトウは再び前を向いて階段を上りはじめた。マリアベルもそれに倣う。

「さっきも言ったけど、彼女はここを目的を果たす場所にするつもりだったんだ。――だから、時が満ちた今、こんなふうに教えてくれてる」

「……ねぇ」

 マリアベルは足が止まりそうになるのを堪えながら、溜息を吐くようにして問いかける。

「結局、あんたは何をしようとしてるの? 目的って? それに―― あんたたちって、いったい何なの?」

 その問いに、今度はセキトウが先に足を止めた。マリアベルは危うく彼の背中に突っ込んでいきそうになって、つんのめってどうにか立ち止まる。

「それは今からわかるよ。実際にやってみせるからね」

 これまでとは質の違う、いたずらっぽい笑みを浮かべて彼は言う。

「彼女の言う希望、興味があるでしょう?」


 ようやく屋上に辿りつく頃、時刻は消灯時間に差し掛かりつつあった。

 外から見るよりも、塔は高く、マリアベルの足は棒のようになっていた。

 風が強い。円形の何もない空間の中心に立って、セキトウは目を瞑って何かをぶつぶつと呟いている。その体は道すがらの発光体をすべて吸収してきた今や、眼下の街灯の光が霞んでしまうくらいに眩い。

 マリアベルはあまりの寒さに身を縮こませて、マフラーに口元をうずめて震えていた。

 ――一体何が始まるのか。

 魔女はセキトウに、「希望はおまえと皆が完成させる」と告げた。セキトウ自身は「トリガーを引く役目」であるという。

 皆と―― とはどういう意味なのだろう。寒さに邪魔をされながらも、マリアベルは懸命に思考を巡らせた。しかし、いくら腐心してもぱっとする答えは浮かんでこない。

 そのうちにも、光はどんどんセキトウを包み込んで強さを増していく。マリアベルは、じきにセキトウ自身が光になってしまうのではないかと思った。――さもあらん。彼はもともと光だったのだ。

 やけつくような色で視界が支配される。思わず目を覆うか、というところで、セキトウがゆっくりと振り返る。その顔には、始めてみるさみしそうん色が宿っていた。

「ぼくはきっかけで、最後のトリガーの役目をも担っている。――ネタばらしをしよう。きみたちが魔女の光と考えたものたちは、きみたち自身が生み出したものだったんだ」

「…………」

 マリアベルは驚かなかった。

 魔女が光を生みだしているのではなく、自然現象でもないのなら、答えはそれしかあり得ない。とうの昔にその真実に辿りつく可能性のいくらかは、彼女の思考に正体不明の切れはしとして引っ掛かっていた。

あまりに漠然としていて、置きっぱなしだったもの。

 ――誰か、ではなく皆が、という可能性。腑に落ちた想いだった。

「あまり驚かないんだね」

「そうだと思った、なんて言えないけど。そうかもしれないって、ちょっとだけ考えたことはあったから」

「そうか。ちょっと残念だな」

 セキトウは困ったようにくしゃりと壊顔すると、もうすぐ灯りの消える街を見下ろした。

「彼女は。「照らす魔女」はね、きみたちが魔術をつかうたびに、余分な魔力が凝って空中に残るように細工をしたんだ。……ひとりが一回で余らせる魔力はほんの少しだけ。きみたち一人ひとりの魔術が少しずつ集まって、「彼ら」は出来ているんだよ。だから、「彼ら」はきみたちの息子で、兄弟なんだ。魔女の息子はただ一人、ぼくだけ」

 空を覆っていた兄弟を残らず身に纏ったセキトウは、塔の末端に立って、空に向かって大きく腕を広げた。

「いつかきみたちが諦めずに生き続けて命を繋いで。兄弟たちで空が埋まったら、役目を果たしなさいってね。今からその最後の役目と、彼女とぼくの目的を見せてあげる。――でも、その前に」

 マリアベル葉呼ばれている気がして、ふらふらとセキトウに歩み寄っていった。ほんの少し触れれば空中に躍り出てそのまま消えてしまいそうなセキトウの、三メートル手前で足を止める。

「君の魔力を、あとほんのちょっとだけ、ぼくに渡してくれないかな。さいごの「きっかけ」が欲しい」

 振り返らず、セキトウがそう呟くように言った。声音は風にほどけそうなほど、低くかすれている。

「あたしの魔力? でも、あたしは――」

 魔術は得意じゃない。その言葉を遮るように、今度は力強く、セキトウの声が響いた。

「魔女はもともと、そんなに魔術が得意じゃなかった。総体的にはね。でも、彼女はそんなことはかかずらわないで、自分が出来ることをどんどん積み上げていった。人と同じことが出来ないからって、自分を嫌いにならないで、たくさんのことを少しずつ、積み上げていった。その結果彼女は怪物を斃し、大いなる魔術を完成させた。――そして、魔法が使えなくなってからも、楽しそうに笑って生きた」

 セキトウの体は今や、ほとんど光になっている。

「マリアベル」

 兄弟のように。あるいは息子か、父親のように。慈愛に満ちた声で語りかけられて、マリアベルは思わず涙を流した。

「きみは彼女とおんなじように、笑って生きることが出来るはずだよ。人には出来ることと、出来ないことがある。出来ないと思ってみればたくさんあるように思えるけど、ほんとうは出来ることだってたくさんあるんだ。それらを積み上げて―― きみに出来ないことを、時には誰かに手伝ってもらってもいいね。そうやっていつか、きみだけの魔術を完成させるんだ」

 塔の末端から降りてきたセキトウは、無造作に手を伸ばして、マリアベルの頬から涙を掬いとる。

「きみはほんとうに彼女にそっくりだね。こまごまとした魔術の腕は悪いし、そのくせ態度は尊大で言いたいことは言うくせに、変に肝心なことを言葉にしない。泣き虫。おこりんぼ。小食。誰も知らないところで悩む。人をあんまり疑わない。――それから、そのそばかす」

 ああ、とマリアベルは息を洩らす。

 セキトウは祖父ではない。けれど、同じ「かぞく」で「きょうだい」だったのだ。この温かみは、彼が希望を顕した存在であるからという理由だけではなかった。


 セキトウが離れていく。彼がふたたび塔のまったに立った時、マリアベルは『花火』の魔術で、灯りの消えていく街の夜空に涙色の花火を打ち上げた。

 最後にセキトウが何かを言った。けれど、炸裂音の所為でマリアベルの耳には届かなかった。

 やがて凪いだ色を覆い尽くすような鮮烈な赤橙色をまき散らしながら、完全にひとつの発光体となったセキトウが空へと昇っていく。

 マリアベルの意識は光に呑まれるようにしてほどけていく。

 彼女が最後に目にしたのは、空から降り注ぐ砂のように細かな、大量の光の粒子だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ