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第七章 見えないもの

動画の青年は、微笑んでいた。


背景は白い。


音楽はない。


字幕だけが、ゆっくりと現れる。


『あなたが見ている世界は、本当に現実ですか?』


青年は鼻で笑った。


「またそれかよ」


次の字幕。


『あなたは、他人の意識を見ることができますか?』


「見られないだろ、そんなもん」


口に出してから、青年は黙った。


動画の青年は、何も言わない。


ただ、こちらを見ている。


『あなたの隣にいる人間が、本当に何かを感じていると、どうしてわかるのですか?』


青年は再生を止めた。


画面が静止する。


自分と同じ顔。


自分と同じ目。


その目の奥に何があるのか、画面からはわからなかった。


もちろん、AIだ。


映像に意識などない。


青年はそう考えた。


では、画面の外にいる人間はどうなのか。


自分のことを信じている人間。


自分を笑っている人間。


コメント欄で、自分の存在について議論している人間。


彼らが何を考えているのか、青年にはわからない。


彼らが本当に何かを考えているのかさえ、直接確かめることはできない。


青年はパソコンを開いた。


検索欄に文字を打つ。


「他人に意識があることを証明できるか」


検索結果には、哲学の解説記事が並んだ。


青年はひとつを開いた。


哲学的ゾンビ。


外見も行動も人間とまったく同じなのに、内側には意識がない存在。


痛がる。


笑う。


悲しむ。


愛していると言う。


しかし、その内側では何も感じていない。


青年は記事を読み進めた。


「……そんなの、確かめようがないだろ」


自分の声が、ひどく遠く聞こえた。


画面の隅に通知が現れた。


新しいコメント。


『彼は、こちら側の世界に気づき始めている』


青年は記事を閉じた。


また、こちら側。


誰が、そんな言葉を使い始めたのだろう。


コメント欄を開く。


『彼は自分と私たちの違いを理解し始めた』


『私たちは彼を理解できない。でも、彼は私たちを理解している』


『いや、彼はもう私たちとは違うところにいる』


青年は画面を閉じた。


閉じたはずなのに、頭の中には言葉が残った。


こちら側。


あちら側。


現実。


偽物。


青年は立ち上がった。


窓を開ける。


道路を車が通り過ぎる。歩道を自転車が走る。向かいの部屋では、洗濯物が風に揺れていた。


いつもと同じ景色。


何もおかしくない。


青年は外を見たまま、しばらく動かなかった。


自分の意識は、ここにある。


それだけはわかる。


――本当に?


青年は窓を閉めた。


スマートフォンが震えた。


動画の通知だった。


『あなたは、ひとりではありません』


青年は再生した。


画面の中の青年が、穏やかな顔で語りかけてくる。


「恐れることはない」


青年は眉をひそめた。


その台詞は、以前にも聞いたことがあった。


「私は、あなたたちを見ている」


「……見てねえよ」


青年は動画を止めた。


それから、再生した。


同じ台詞。


同じ表情。


同じ微笑み。


青年は音量を上げた。


画面の中の青年が言った。


「あなたは、ひとりではありません」


青年はスマートフォンを顔に近づけた。


「じゃあ、誰がいるんだよ」


動画は終わった。


画面には、次のおすすめ動画が表示された。


『彼が初めて本当のことを語った夜』


青年は、そのサムネイルを見つめた。


自分の顔だった。


再生数は、すでに百万を超えていた。


青年は動画を開いた。


そこに映っていたのは、自分の部屋だった。


机。椅子。散らかった服。


窓の位置まで同じだった。


ただし、机の上には小さな花瓶が置かれていた。


青年の部屋に、花瓶はない。


画面の中の部屋には、誰もいなかった。


カメラは、部屋の隅から室内を映している。


静止画のような映像だった。


数秒後。


机の上のスマートフォンが光った。


画面に、動画サイトが表示された。


その中で、AIの青年が水の上を歩いていた。


青年は自分のスマートフォンを見た。


手の中の画面は暗い。


再び動画を見る。


机の上のスマートフォンは、まだ光っていた。


青年は画面を一時停止した。


拡大する。


動画サイト。


サムネイル。


水の上を歩く自分。


青年は、手元のスマートフォンを裏返した。


黒いガラスに、自分の顔が映った。


部屋の中で、何かが鳴った。


ぽつん。


水滴の落ちる音だった。


青年は、動画を止めたまま動かなかった。


画面の中の部屋には、誰もいない。


自分の部屋にも、誰もいない。


スマートフォンが震えた。


新しいコメント。


『あなたは、ここにいる』


青年は、黒いガラスを見た。


そこには自分の顔が映っていた。


「……どっちが?」


返事はなかった。


だが、画面の向こうでは、再生数が増え続けていた。

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