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第六章 最後の告白

青年は、動画を最後まで見た。


画面は暗いままだった。


再生時間がゼロになる。


関連動画が表示される。


『奇跡の瞬間』

『彼が世界に伝えたいこと』

『あなたは選ばれています』


青年はアプリを閉じた。


もう一度、開いた。


同じ動画が並んでいた。


「……なんだよ」


スマートフォンをテーブルに置く。


パソコンを起動した。


動画サイトを開き、自分のチャンネルを表示する。再生数は増え続けていた。登録者も増えている。


その大半は、奇跡の動画を見て流れてきた人間だった。



青年は自分の投稿一覧を開いた。


最初の否定動画。


再生数は、たいしたことがない。


その下に、AIで作られた奇跡の動画へのリンクがあった。こちらは桁が違った。


青年は数字を見比べた。


自分が本当のことを話すと、誰も見ない。


自分の顔で嘘をつくと、何百万人も見る。


「……そういうことか」


何がわかったのか、自分でも説明できなかった。


青年は新しい動画を撮ることにした。


スマートフォンを立てる。


録画を開始する。


「どうも」


少し間を置いた。


「今日は、最後に言っておきたいことがあります」


自分の声が部屋に響いた。


「俺は普通の人間です。奇跡なんか起こせません。空も飛べないし、水の上も歩けません。病気を治すことも、未来を予言することもできません」


青年は一度、息を吐いた。


「俺の顔を使った動画は、AIで作られたものです。俺が撮ったものじゃありません。俺は、神でも救世主でもありません」


言い終えた。


これでいい。


青年は録画を止めた。


再生して確認する。


ひどい顔だった。


疲れている。目の下に隈がある。途中で何度か視線が泳いでいる。


だが、これが自分だった。


青年は動画を投稿した。


タイトル欄に指を置く。


『最後に言います』


投稿。


スマートフォンを置いた。


窓を開けた。


外から、車の走る音が聞こえた。向かいの建物の窓。電線。曇った空。どこにでもある街の風景だった。


青年はしばらく外を眺めた。


久しぶりに、画面以外のものを見ている気がした。


青年はコンビニに行くことにした。


帽子を目深にかぶり、眼鏡をかけ、マスクをつけた。


鏡を見る。


誰だかわからない。


それでいい。


財布をポケットに入れ、部屋を出た。


コンビニまでは歩いて五分だった。


いつもと同じ道。いつもと同じ自動販売機。いつもと同じ交差点。


青年は何度も周囲を見た。


誰も気にしていない。


少し安心した。


店に入る。弁当を選び、飲み物を取り、レジに並ぶ。


店員の顔は見なかった。


会計を済ませ、袋を受け取る。


そのとき、店内のモニターから自分の声が聞こえた。


青年は足を止めた。


画面には、白い衣服を着た自分が映っていた。


『恐れることはない。私はあなたたちを見ている』


青年は画面を見つめた。


店内の客は、誰も気にしていなかった。


映像の中の青年が微笑んだ。


青年はマスクの下で唇を噛み、店を出た。


外の空気を吸う。


帽子を脱ぎ、眼鏡を外しかけて、やめた。


誰も自分を見ていない。


それなのに、誰もが自分を見ているような気がした。


帰宅して、電子レンジで弁当を温めた。


食べ終わるころには、部屋の中が暗くなっていた。


青年はスマートフォンを手に取った。


通知が、いくつも届いていた。


動画は、すでに切り抜かれていた。


『救世主、最後の告白』


『彼はなぜ奇跡を否定するのか』


『神が自らの力を否定する理由』


青年は、最初の動画を開いた。


自分の顔が画面いっぱいに映っていた。


「俺は、神でも救世主でもありません」


そこだけが切り取られていた。


字幕が重なる。


『彼は、まだ自分の使命を受け入れられない』


コメント欄。


『本当に神なら、自分を神だとは言わないだろう』


『彼は私たちを試している』


『どうして、彼の言葉をそのまま受け取るんだ?』


『あなたには、まだわからないんだ』


青年は口を開いた。


「違う」


画面の中の自分が、同じ言葉を繰り返した。


「俺は、神でも救世主でもありません」


「そういう意味じゃねえよ」


青年はコメント欄をスクロールした。


自分を信じる者。


自分を疑う者。


自分の言葉を勝手に解釈する者。


誰も、彼の話を聞いていなかった。


それでも、全員が彼について話していた。


青年は投稿した動画の編集画面を開いた。


タイトルを変更する。


『俺は本当に神じゃないのか?』


指が止まった。


違う。


そんなことは聞いていない。


変更を取り消そうとした。


その前に、通知が鳴った。


再生数が伸びていた。


青年は編集画面を閉じた。


部屋の隅で、パソコンのファンが回っていた。


青年は画面に映る自分の顔を見た。


何かを言おうとした。


言葉が出てこなかった。


代わりに、スマートフォンを手に取った。


おすすめ動画の一番上に、見慣れた顔があった。


AIの青年が、静かにこちらを見ていた。


字幕が現れる。


『あなたは、何を信じますか?』


青年は動画を再生した。


画面の中の青年が微笑んだ。


現実の青年は、笑わなかった。

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