第二十六話 任務のあと
支部へ戻った頃には、西の空が夕暮れに染まり始めていた。
三人は正面口を抜け、管理室へ向かった。開いた扉の向こうでは職員たちが書類を整理し、机の前に立つ聖灯士から報告を受けている。
先の一人が受付を離れるのを待ち、レオンが進み出た。
「三等灯士レオン・フォード、アウル・ストラウド。遺跡調査の護衛任務から戻りました」
職員は手元の記録へ目を落とし、二人の後ろにいるクラリッサを見た。
「同行者はクラリッサ・ヴェルナーさんですね」
「ああ。調査は予定通り終了した。内容は私の方でまとめて提出するよ」
「承知しました。負傷者や、道中の異常はありますか?」
「負傷者はいません。森へ入ってからグルームボア一体と遭遇し、討伐しました」
エインが答えると、職員は筆を取り、遭遇した場所を尋ねた。レオンが地図を広げ、街道から遺跡へ向かう途中の位置を示す。
ほかに魔物の姿はなく、調査中も襲撃はなかったことを伝えると、職員は記録を確かめて顔を上げた。
「分かりました。お疲れ様でした」
レオンが地図を畳み、受付を離れたところで小さく息を吐いた。
「もっと色々聞かれるのかと思ってた」
「壁画や刻文については私の仕事だよ。君たちは無事に連れ帰ってくれた。それで十分さ」
クラリッサは肩に掛けた鞄を直し、二人へ向き直った。
「今日は助かったよ。ありがとう」
「こちらこそ。調査を見せてもらえて、勉強になりました」
「俺も面白かったです。文字はほとんど分かりませんでしたけど」
「最初から読めたら、私の出番がなくなってしまうね」
レオンが笑うと、クラリッサも僅かに口元を緩めた。管理室の奥で職員が顔を上げ、彼女へ会釈する。
「では、私はもう少しここで話をしていく。また会うこともあるだろう。その時はよろしく頼むよ」
「はい」
軽く手を上げたクラリッサと別れ、二人は管理室を出た。
◇
「腹減ったな」
廊下へ出るなり、レオンが言った。窓から差す夕日が外套の肩を照らし、乾いた泥の跡が白く浮いている。
「食堂へ行くか」
「珍しく話が早いな。アウルも腹減ってたんだろ」
「一日歩いていたからな」
「さっきまで平気そうな顔してたくせに」
「顔に出す必要はないだろう」
レオンが何か言い返そうとしたところへ、廊下の向こうから声が飛んだ。
「レオン!」
こちらへ歩いてくる三人の少女のうち、明るい栗色の髪をした一人が手を上げていた。レオンも足を止め、片手を上げ返す。
「おう、ナディア。今からどこか行くのか?」
「管理室。そっちは今戻ったところ?」
「ああ。遺跡調査の護衛だった」
「へえ、面白そうじゃん」
ナディアが近づいてくる。その後ろに灰色の髪を見つけ、エインも顔を向けた。
「アウル」
「ああ、イネスか」
二人のやり取りを聞き、ナディアが交互に顔を見た。
「あれ、知り合い?」
「前に任務で一緒だった」
「そうだったんだ。じゃあ、ちゃんと話したことないのは、あたしたちだけか」
隣の少女へ目を向けると、彼女も頷いた。レオンはエインの方へ半歩身体を引き、三人へ紹介する。
「こいつがアウル・ストラウド。同じ三等灯士。候補生の時、顔くらいは見たことあるだろ?」
「あるよ。あっという間に正規になったから、話す暇もなかったけど」
ナディアはそう答え、レオンへ目を戻した。
「それより、いきなり『こいつ』はないんじゃない?」
「名前も言っただろ」
「そういう話じゃないの。まったく」
呆れたように言いながらも、口元には笑みがある。そのままエインへ向き直ると、目尻の少し上がった飴色の瞳をこちらへ向け、軽く手を差し出した。
「あたしはナディア・ローク。よろしく、アウル」
「ああ、よろしく」
差し出された手を握ると、隣にいた少女が軽く頭を下げた。亜麻色の髪が、ほっそりした頬の横で揺れる。青灰色の目元は穏やかで、こちらと目が合うと柔らかく微笑んだ。
「クララ・エヴァルト。私も同じ班だったの。よろしくね」
「こちらこそ」
「クララとナディアとイネス。候補生の時は、ほとんどこの四人だったんだ」
レオンが三人を見回すと、ナディアはエインから手を離した。
「レオンには、あたしたちの紹介も任せない方がよさそうね」
「まだ何も言ってないだろ」
「さっきの紹介を聞いて決めたの」
クララが小さく笑い、エインへ目を向けた。
「遺跡では、何か見つかった?」
「古い文字と、壁画があった。研究者の人が、残っている部分を読んでくれたんだ」
「壁画には巨像が描かれてたぞ」
レオンが付け加えると、ナディアが首を傾げた。
「巨像って、あのでっかい像?」
「お前、知らないのか?」
「名前くらいは聞いたことあるけど。見たことはないよ」
「俺もない」
「じゃあ偉そうに言わないでよ」
「説明聞いたばっかりだからな」
「何それ」
ナディアが呆れた顔をし、クララも笑みを浮かべた。
「研究者の人って、どんな人だったの?」
「あー、変わってた」
即答したレオンへ、エインは横目を向けた。
「失礼だろ」
「だって、倒した魔物を楽しそうに観察してたぞ。遺跡を調べに来たのに、牙とか脚までじっと見てたんだ」
「それはそうだが。普段は近くで見られないと言っていた」
「ほら、否定はしないんだな」
ナディアが声を立てて笑った。
「面白そうな人じゃん。その人、何ていうの?」
「クラリッサ・ヴェルナーさん。まだ管理室にいる」
「じゃあ、会うかもしれないね」
クララが管理室の方へ目を向け、そのままナディアの腕へ軽く触れた。
「ナディアちゃん、そろそろ行かないと。待たせちゃうよ」
「あ、そうだった」
「任務か?」
レオンが尋ねると、ナディアは管理室を指した。
「そう。今度は三人で行くことになったの」
「そうか。気をつけろよ」
「うん、ありがと」
ナディアはエインにも手を振った。
「じゃあ、またね。アウル」
「今度はもう少しゆっくり話そうね」
クララに続き、イネスも小さく手を上げる。
「また」
「ああ」
三人は二人の横を通り、管理室へ向かった。ナディアが何か話し始め、クララの返事が廊下に響く。その声が扉の向こうへ消えるまで見送ってから、エインはレオンへ目を向けた。
「仲がいいんだな」
「まあな。四人とも同じような時期に候補生になったから、一緒に訓練することが多かったんだ」
レオンは笑って、三人の入っていった扉を見た。
「正規になったら、毎回同じ組み合わせってわけにもいかないけどな。今日みたいに、お前と組むこともあるし」
「ああ。また一緒になったら頼む」
「こっちこそ。……それより飯行こうぜ」
「結局それか」
「腹減ってんだから仕方ないだろ」
二人は再び歩き出した。
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