第二十二話 次の任務
東部方面第七支部へ戻った頃には、日は西へ傾き始めていた。
帰還の手続きを済ませると、エインとイネスはハロルドのもとを訪れた。机へ差し出した報告書には、討伐した魔物の数と、寝床を見つけた場所が記されている。
「四体か」
ハロルドが書面へ目を落とした。
「はい。周辺も調べましたが、足跡の大半は同じ場所を何度も行き来したものでした」
「別の個体がいる痕跡は?」
「見つかりませんでした」
イネスが答えると、ハロルドは地図に記された位置を確かめ、頷いた。
「なら十分だ。しばらく巡回の連中にも気をつけてもらうが、新しい痕跡が出なきゃこれで終わりだろ」
書類を机の端へ置き、二人へ顔を上げる。
「ご苦労だった。今日はもう上がっていいぞ」
「分かりました」
イネスも「はい」と答え、エインとともに部屋を出た。
廊下へ出ると、彼女は反対側を指した。
「私はこっちだから。じゃあ、また」
「ああ」
灰色の髪が角の向こうへ消えるのを見送り、エインも自室へ戻ろうとした。そのとき、正面から歩いてきた少年が片手を上げた。
「アウル」
「レオンか」
レオン・フォードは近くまで来ると、外套の内側へ手を入れた。取り出した金属具の外蓋には、教会の太陽の紋章が刻まれている。
「これ、今日受け取ったんだ」
「聖灯章か」
「ああ。これで俺も正規だ」
少し得意そうに笑うレオンへ、エインは頷いた。
「そうか。おめでとう」
「先に行かれた時はちょっと焦ったけどな」
「競争ではないんだ。気にする必要はないだろう」
「そうは言っても、後から候補生になったやつが先に昇格したら、そりゃ焦るだろ」
「私は気にしないが」
「だろうな。俺みたいに焦った奴、ほかにも結構いたと思うぜ。ったく、当の本人は全然自覚ないんだからな」
レオンは呆れたように笑い、手の中の聖灯章へ目を落とした。
「……ダリオも一緒だったらよかったんだけどな」
「ああ」
蓋の紋章を親指でなぞってから、レオンは聖灯章を外套へしまった。その視線がふと下がり、エインの外套についた泥で止まる。
「任務帰りか?」
「ああ。イネスとスパインリザードを四体討伐してきた」
「……正規になって早々、随分働いてるな」
「昨日の巡回で痕跡を見つけて、今日はその討伐だ」
「もう次の仕事まで済ませてきたのかよ。こっちは今、これを受け取ったところだってのに」
「だから、競争ではないだろう」
「分かってるって」
レオンが苦笑したところで、背後の扉が開いた。
「まだいたか。……レオンもいるな、ちょうどいい」
振り返ると、ハロルドが何枚かの紙を手に立っていた。
「明日の予定が変わった。二人とも聞け」
エインはレオンと顔を見合わせた。
「何かあったんですか?」
「緊急じゃない。護衛任務だ」
ハロルドは紙の一枚を広げた。第七支部から東へ伸びる巡回路と、そこから北へ外れた森が描かれ、その一角に小さな印がつけられている。
「ここに旧文明の遺跡がある」
『遺跡?』
アウルの声を聞きながら、エインは地図へ目を落とした。隣のレオンが印の位置を見て、僅かに身を乗り出す。
「ああ……ここか」
「覚えてるな」
「はい。候補生の時に一度行ってます」
ハロルドは地図を指先で叩いた。
「少し前、レオンが随伴した任務で偶然見つかった。明日、レグナードから来る研究者がそこを調べる。お前たち二人はその護衛だ」
「中には入ったのか?」
エインが尋ねると、レオンは地図を見たまま答えた。
「少しだけな。その時は別の任務があったから、位置と周囲を確かめて報告したんだ」
「一度行っているレオンには、案内も任せる。研究者を入れて三人だ」
「護衛は俺たちだけですか?」
「ああ。外域ではあるが、それほど深い場所じゃない。発見した時に周辺も確認されてるが、危険度の高い魔物は見つかっていない」
ハロルドは地図を畳み、レオンへ渡した。
「調査は一日の予定だ。朝に出て、遅くても日没前には戻る。詳しい話は明日、本人から聞け」
「分かりました」
レオンが紙を受け取る。その横で、エインは顔を上げた。
「その研究者は、遺跡から見つかったものについても詳しいんですか?」
「専門のことは本人に聞け。だが、明日は護衛が仕事だぞ」
「分かっています」
ハロルドは一度こちらを見てから、残りの紙をレオンへ重ねて渡した。
「明日は朝一番に資料室へ行け。護衛対象が待ってる」
「了解です」
「遅れるなよ」
それだけ念を押すと、ハロルドは部屋へ戻っていった。
◇
「それじゃ、俺も装備を受け取ってくる」
階段の前で、レオンが足を止めた。
「明日な」
「ああ」
「寝坊すんなよ」
「大丈夫だ」
「お前じゃなくて俺への戒めだよ」
レオンは片手を上げ、そのまま廊下の先へ消えていった。
エインも自室へ向かって歩き出した。窓から差す夕日が床へ伸び、すれ違う聖灯士の影がその上を横切っていく。
『遺跡の研究者か。俺たちだけで探すより、何か分かるかもしれねぇな』
(まずは、どんなことを知っているのか聞いてみよう)
あの遺跡の調査では、特段変わったものは見つからなかったと聞いている。だが、エインが何者で、なぜアウルの身体で目覚めたのか。その答えに繋がる場所は、今のところあそこしかなかった。
『あの部屋のこと、聞いてみるか?』
(話せることは少ないが、機会があればな)
『俺の身体にお前が入ってた、とは言えねぇもんな』
(さすがに信じてもらえるとは思えない)
自室の前で足を止め、扉へ手を掛けた。
以前は、遺跡を調べたいなら、まず任務に出られるようになれと言われた。今はその任務で、研究者とともに遺跡へ向かうことになっている。
護衛を務めながらでも、調べ方をそばで見ることはできる。何を手掛かりに、どこを調べるのか。それを知るだけでも、あの場所へ戻ったときに役立つはずだった。
◇
翌朝、指定された資料室の前には、すでにレオンが立っていた。
「おはよう」
「早いな」
「寝坊すると思ってただろ」
「少し」
「……否定しろよ」
レオンが眉を寄せた。そのやり取りの向こうから紙をめくる音が聞こえ、エインは半開きの扉へ目を向ける。
中では、一人の女性が大きな机へ地図や紙を広げ、何かを書き込んでいた。足元には荷物が積まれ、こちらにはまだ気づいていないようだった。
レオンが扉を軽く叩いた。
「失礼します。護衛の任務で来ました」
紙へ落とされていた視線が、ゆっくりとこちらへ向いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
少しずつですが、遺跡の謎にも迫っていきます。
楽しんでいただけましたら、評価やブックマーク、感想等で応援していただけると嬉しいです。




