第十四話 滅びの跡
休憩を終えて講義室へ戻ると、ハロルドが教卓に数冊の本を並べていた。地図の横には、石造りの建物や壁画を写したらしい図が広げられている。
レオンに続いて席へ着くと、隣のダリオが話を切り上げ、椅子を教卓へ向け直した。
「揃ったな。次は旧文明についてだ」
ハロルドは図の一枚を持ち上げた。崩れた建物の奥に何本もの柱が並び、その表面には細かな模様が刻まれている。
「遥か昔、今より高度な魔法技術を持つ文明があったと考えられている。各地に残っている建物や地下施設、その中から見つかる道具や記録。俺たちが旧文明の遺跡や遺物と呼んでいるのは、そういうものだ」
エインは柱に刻まれた模様を見つめた。あの石室で目にしたものとは違うが、古びた石の中に何かが残されているという点では同じだった。
遺跡は地方によって造りにも違いがあるらしい。メルシアやヴァルケインには装飾の多い石造りの遺跡が残り、西のオルディスでは、直線的で装飾の少ない施設が多く見つかっているという。こうした違いは、使われた時代や土地によるものと考えられていた。
「文字も残っているんですか?」
エインが尋ねると、ハロルドは手元の図を裏返し、別の一枚を示した。
「ああ。読めるものもあれば、文字なのか模様なのかさえ分からんものもある」
図には、石板から写したらしい文字が並んでいた。教本で見た文字に似たものもあったが、欠けた部分が多く、文章として追うことはできなかった。
(あの部屋にも、何か残っていたのだろうか)
『ろくに見る暇もなかったからな』
崩れた石の隙間を抜け、外へ出ることしか考えていなかった。もし文字があったとしても、今から思い出せそうにはない。
「だから遺跡では、目についたものを勝手に壊すな。持ち帰るにしても、まずどこに、どんな状態であったかを記録する。調査をする者にとっては、それも必要な情報だ」
ハロルドが図を置くと、ダリオが首を傾げた。
「そんなにすごかったのに、なんで滅びたんですか?」
「魔人との戦争が原因だと考えられている」
教本をめくっていた手が止まった。
旧文明は魔人との戦いによって滅び、生き延びた人々がレグナード周辺へ集落を築いた。長い年月の中で城塞都市が生まれ、聖杭によって暮らせる土地を広げてきた――それが、教会に伝わる歴史だという。
「ただ、当時のことがすべて分かっているわけじゃない。いや、むしろほとんどの事が分かってないと言っていいな。遺跡の調査が続いているのも、そのためだ」
ハロルドは別の本を開き、候補生たちにも同じ頁を開くよう告げた。
「その魔人についても、分かっていることは限られている。教会の記録にあるのは六種族だ」
頁には、人間に似た姿と、明らかに異なる姿が並んでいた。
悪魔族。
人間に近い姿だが、頭部に二本の角を持つ。ヴァルケイン方面での遭遇記録があり、この支部で任務に就くなら、特に姿を覚えておくように言われた。
血鬼族。
こちらも人間に似ているが、赤い瞳と牙を持つ。ノルグレンでは古城を拠点に活動するものが確認されているらしい。
獣人族。
獣がそのまま人の形で立ったような姿だった。顔や体毛の特徴は一様ではなく、ノルグレンに生活圏があることが知られていた。
(口を開けさせたのは牙を確かめていたのか)
エインは、人間によく似た挿絵を見比べた。森で出会ったとき、ハロルドはすぐには剣を下ろさなかった。
(魔物だけを警戒していたわけではないのかもしれないな)
『俺たちを魔人だと思ったってことか?』
(そこまでは分からない。ただ、外域の森に子供が一人では、警戒もするだろう)
『そうか?』
(……普通はそうだ)
残る三種族については、説明の仕方が少し変わった。
天使族は、人に似た姿と白い翼を持つと記されている。だが、現代の目撃記録は遠い空を飛ぶ姿を一度捉えたものだけで、接触には至っていない。
小柄な身体と虫のような翅を持つとされる妖精族と、巨大な竜の姿で描かれた竜族に至っては、確実な遭遇記録そのものがなかった。
「見つかっていないのに、姿は分かるんですか?」
レオンが挿絵へ指を置いた。
「解読できた遺跡に残っていたんだ。ザルヴァ、セリオン、サングリス……それと一応オルニアもか。それらは確認できてるんだ、他の二種族もおそらくいるのだろう」
エインは六つの姿を見比べた。角や牙ならまだしも、翼を持つものや竜まで、随分と違うものが同じ括りに収まっている。
(これを全部、魔人と呼ぶのか)
『人間じゃねぇからだろ』
(それだけなら、魔物も同じだ)
隣でダリオが顔を上げた。
「でも、魔物とは違うんですよね?」
「ああ。言葉を使い、集落や共同体が確認できてる種族もある。人間と会話した記録も残ってる」
ハロルドは本から目を上げ、候補生たちを見渡した。
「身体能力も魔法の力も、総じて人間より上だ。相手が一人だからと侮るな」
「言葉が通じるなら、話して済むこともあるんですか?」
レオンの問いに、ハロルドは少し間を置いた。
「ある。だが、そうならずに殺された者もいる。特に東の森では、戦闘になった報告が多い」
教室の奥で、誰かが教本を机へ置いた。
「話せたところで、何を考えて動いているのか俺たちには分からん。遭遇したら、自分から近づかず距離を取れ」
エインは角のある姿へ目を落とした。
言葉を持ち、誰かと暮らしている相手が、森では人間を襲う。教本には外見の特徴が書かれていても、その理由までは載っていなかった。
(アウル、君は会ったことがあるのか?)
『いや。魔物なら嫌ってほど見たが、こいつらはねぇな』
あの森で暮らしてきたアウルさえ、見たことがない。
エインは頁を戻し、ザルヴァの角とサングリスの牙をもう一度確かめた。
「今は、名前と大まかな特徴を覚えておけ。遭遇したときの動きは、別に教える」
ハロルドが本を閉じても、しばらくは紙をめくる音が続いていた。
◇
講義が終わると、候補生たちは教本や地図をまとめ始めた。
「アウル、行こうぜ」
席を立ったレオンへ、エインは教卓を示した。
「少し聞きたいことがある。先に行っていてくれ」
「分かった。遅れるなよ」
ダリオもレオンについて出ていき、講義室に残る話し声が遠ざかっていく。ハロルドは図を重ねながら、近づいてくるエインへ顔を向けた。
「どうした」
「私が見つけた遺跡のことです。調査で何か分かりましたか?」
「ああ。調査隊は昨日戻った。お前に聞いた場所で、遺跡と魔物の死体を確認している」
エインは教卓の前で足を止めた。
「遺跡の中は?」
「中も調査したようだが、特段変わったものは無かったそうだぞ」
「……そうですか、ありがとうございます」
(そんなはずはないが。やはり自分たちで調べた方が良さそうだ)
『ああ。そうみてぇだな』
「ん? もういいのか?」
「はい、失礼します」
エインは一礼し、講義室を出た。廊下の先には、教本を脇に抱えたレオンとダリオの姿があった。
あの石室で何が起きたのかは、自分たちで確かめるしかない。そのためにも、まずは外で動けるようになる必要がある。
エインは二人を追って歩き出した。
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