第十一話 適性
寝台の上であぐらをかき、エインは目を閉じていた。窓から差す午後の光が、膝に置いた手を温めている。脇腹にも脚にも、もう痛みはなかった。今朝の治療室でも、傷は塞がっていると確認してもらっている。
胸の奥から魔力を巡らせ、右手へ集める。無色透明の魔力は、手を握って開いても乱れず、意識を向けた先へ滑らかに移っていった。
『よし、基本的な魔力の扱いはできるようになってきたな。今度は魔力に色を出してみろ』
(色?)
『俺の魔力は緑だ。いつも流してる魔力とは少し違う。身体に使えば、もう一段強くできる』
エインは右手を持ち上げた。握り方を変えても、魔力を多く集めても、見た目に変化はない。
(どうすればいい?)
『とにかく意識してみろ。俺の身体なんだ、色自体はすでに発現してる。そう難しいことじゃねぇ』
指先へ意識を向け、魔力を込め直す。掌の内側に淡い緑色が浮かんだが、指を動かした途端に薄れてしまった。
『そうだ。全身を巡る魔力の質を上げるイメージだ』
掌だけに向けていた意識を、全身まで広げる。魔力の流れが繋がると、今度は身体を覆う魔力が淡い緑色を帯びた。
(……これか)
『それが魔力に色が発現した状態だ。緑の魔力の身体強化は通常の魔力とは比べ物にならねぇ。今のうちに慣れておけよ』
(分かった)
教会へ着いてから数日、身体を休める間も、魔力の扱いは少しずつ確かめてきた。色を出した状態でも同じように操れるか、手足へ順に魔力を集めてみる。
(動きながらでも、同じようにできればいいのだが)
『できるだろ。基本的には通常の魔力と扱い方は同じだ』
(実戦でも、同じように使えるとは限らないだろう)
『多分大丈夫だ。身体が覚えてるって言ったろ』
扉が叩かれたのは、そのときだった。返事をして魔力を鎮めると、エドガーが顔を覗かせた。
「休んでいるところ、失礼します。身体の具合はいかがですか?」
「もう痛みもありません。今朝、治療室でも確認してもらいました」
「それはよかった。ハロルドとも話がつきましてね。明日の朝八時頃、裏の訓練場へ来てください。そこで見てもらえることになりました」
エインは膝をほどき、寝台の端へ座り直した。
「ありがとうございます」
「今夜はしっかり寝ておいてくださいね」
エドガーが去った後、床へ下ろした両足に体重を掛けてみた。立ち上がっても痛むところはなく、踵を浮かせる動きにも無理はない。
『試験だからって、変に気負うなよ』
(君に教わったとおりにするだけだ)
『ならいい』
エインはもう一度、掌を開いた。明日は、この身体で何ができるのかを、人に見せることになる。
◇
教会の裏手には、高い石壁に囲まれた訓練場があった。固く踏み締められた地面には靴跡が幾重にも重なり、壁際の棚には木剣や槍、傷だらけの丸盾が並んでいる。その少し先には、藁束を厚く巻きつけた木の支柱が何本か立っていた。
ハロルドは、そのうち一本の縄を締め直していた。近づく足音に振り返り、手にしていた縄の端を巻き込む。
「来たか。傷はもういいそうだな」
「はい。その節は、ありがとうございました」
「礼はいい。歩けるようになったなら何よりだ」
ハロルドは足元へ一度目をやってから、言葉を継いだ。
「それと、お前から聞いた遺跡には、その翌朝に調査隊を向かわせてある」
(あそこを調べているのか)
『何か分かりゃいいがな』
「何か分かったら、私にも教えていただけますか?」
「気になるのか? まぁいい。お前にも確かめたいことが出てくるかもしれん。そのときは頼むぞ」
「分かりました」
ハロルドは訓練場の中央へ歩き出した。
「さて、これから候補生としての適性を見る。確かめるのは魔力を扱えるかどうかだ。まずは一度、身体に纏わせてみろ」
エインは足を止め、呼吸を整えた。胸の奥へ意識を向けると、魔力が四肢へ巡っていく。寝台で確かめていた感覚が指先まで繋がり、身体を覆う魔力が淡い緑を帯びた。
ハロルドの眉が僅かに上がった。
「……色まで出ているのか」
伸ばしかけていた手を止め、腕から肩へ視線を移す。
「緑だな。だが、今は色を使わなくていい。魔力を纏うだけにしろ」
(色だけを戻せばいいのだな?)
『ああ。纏ってる分まで引っ込めんなよ』
魔力を纏ったまま、緑を鎮める。色が消えたところで、ハロルドが近づき、肩へ片手を添えた。
「そのまま維持しろ」
掌が触れても、魔力の流れは変わらなかった。ハロルドはしばらく黙っていたが、やがて肩から手を離し、先ほど縄を締めていた支柱へ目を向けた。
「一つ、あれを打ってみろ」
「拳で、ですか?」
「ああ。色は使わず、今の状態でいい」
藁束の前へ立つと、幾度も打ち込まれた中央だけが黒ずみ、潰れているのが分かった。エインはそこへ目を据え、片足を引いた。
『近すぎる。半歩下がれ』
足をずらすと、自然に膝が緩んだ。拳を握った腕が収まり、肩から余計な力が抜けていく。
この間合いなら、届く。
そう思ったときには、後ろ足が地面を押していた。踏み込みに腰が回り、拳が藁束の中央へ突き入る。詰まった音が訓練場に響き、支柱が奥へ撓んだ。巻かれた縄が軋み、解れた藁が数本、足元へ落ちてくる。
引き戻した拳を見下ろしてから、エインは自分の足元を確かめた。打つ前より深く踏み込んでいるのに、姿勢は崩れていない。
視線を上げ、構えを戻す。ハロルドは支柱の揺れが収まるまで待ち、潰れた藁束を掌で押した。
「いつから魔力を扱っている?」
「幼い頃から、森で生きていくために、養父から教わりました」
「……なるほどな」
ハロルドは藁束から手を離し、エインへ向き直った。
「十分だ。魔力は解いていい」
身体に纏わせていた力を鎮める。緊張が抜けると、拳に残った藁の硬さが、少し遅れて感じられた。
「候補生としての適性は認める。色を消した後も、魔力を乱さず維持できていた。あの時点で合格だ」
「では、今のは?」
「どこまで使えるのか気になった。立って纏うのと、打つ瞬間に扱うのとでは違うからな」
ハロルドは、エインの拳へ目を向けた。
「踏み込みから打ち終わりまで、ほとんど乱れなかったな。魔力の流れも滑らかだ。身体強化の扱いだけなら、正規の聖灯士に混じっても見劣りしない。十五でそこまでできる奴は多くないぞ」
『そりゃな、どれだけ鍛えられたと思ってんだ』
誇らしげというより、苦々しい声だった。返事をしかけたエインより先に、ハロルドが続ける。
「お前がガレス・ストラウドに育てられたことも、司祭から聞いた。教皇直属の聖灯卿に叩き込まれたなら、納得はいく」
(聖灯卿?)
『……ジジイのくせに、なんか偉そうだな』
エドガーが浮かべた笑みを思い出した。血の繋がりはなくとも似るという言葉は、これを指していたのだろう。
「すいません。ガレスは、自分の昔についてほとんど話さなかったので、あまり知らないのです」
「そうなのか? ……ふむ。まぁいい、俺も本人を知っているわけじゃない。詳しいことなら、司祭の方が知っているだろう」
アウルは何も言わなかった。聞きたいことがあるのか、それとも今さら聞いても仕方がないと思っているのか。エインが問いかける前に、ハロルドは訓練場の出口へ顎を向けた。
「今夜からは候補生の宿舎を使え。寝台と必要な物は、あとで案内させる。訓練には明日から加わってもらうぞ」
「よろしくお願いします」
「魔力操作はできているが、学ぶのはそれだけじゃない。魔物や魔人、聖杭、外域の地理。それに、聖灯士として動くための規則もある。知っていることも、教官の確認は受けてもらう」
そこで言葉を切り、ハロルドは僅かに口元を緩めた。
「歓迎する、アウル・ストラウド」
呼ばれた名に、エインは顔を上げた。
「今日からお前は、聖灯士候補生だ」
遠くで鐘が鳴り、石壁の向こうから人の声が近づいてきた。訓練場へ入ってくる者たちへ目を向けながら、エインは拳を開く。
アウルの身体に染みついたものが、ここまで連れてきてくれた。明日からは、その先を二人で学んでいく。
お読みいただき、ありがとうございます。
聖灯士候補生となったところで第一章は終わりとなります。次回から第二章、引き続きどうぞよろしくお願いします。
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