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名も無き戦場  作者: 六花
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航編第五話「暁光の月 四の日」

朝は、音から始まる。


鳥の声。

風の揺れ。

遠くの人の気配。


それは全部、ただ“そこにあるもの”だった。


航は目を開ける。


(……眠ったんだろうか)


確信はない。


ただ、目が開いている。




宿場町は動いている。


昨日と同じようで、少しだけ違う。


空気が軽いのか、重いのかも分からない。


視線がある。


こちらを見る。


逸れる。


また戻る。


(……見られてる)


理由は分からない。


でも、嫌な感じはしない。


ただ、少し落ち着かない。




足は自然に動く。


昨日行った場所へ向かう。


覚えているわけじゃない。


でも、身体が“そこ”を知っている。




そこに、女がいる。


声。


短い。


途切れる。


また短い。


航はそれを聞く。




意味にはならない。


でも、一定のリズムだけが残る。




布の袋が差し出される。


受け取る。


重さはない。


軽さもない。


ただ“渡されたもの”という感覚だけがある。


(これ……昨日と同じ)


それ以上はない。




外で音が増える。


急に。


一気に。


乱れる。


誰かが叫んでいるように見える。


でも、言葉にはならない。


空気が変わる。


(……なんか、嫌だ)


理由は分からない。


でも、身体が少し固まる。




影が動く。


速い。


低い。


ぶつかるような気配。


航は止まる。


考えない。


でも、動く。


横へずれる。


一瞬遅れて地面が揺れる。


(危ない)


それだけが残る。




次。


また。


来る。


避ける。


転がる。


立つ。


繰り返しになる。


何をしているのかは分からない。


でも、“そうしないといけない”感じだけはある。




しばらくして、音が減る。


急に。


さっきまでの圧が嘘みたいに消える。


(……終わった?)


分からない。


でも、危険はもう近くにない。




戻る。


人がいる。


ざわついている。


視線。


また集まる。


何か言われている。


でも、それはただの音でしかない。


(……何を言ってるんだろう)


分からない。


分からないまま、そこを通る。




女のところへ戻る。


短い音。


いつも通り。


航は止まる。


そして、同じように返す。


少し遅れて。




夜。


横になる。


天井がある。


それだけが分かる。




今日のことを思い返そうとしても、形にはならない。


ただ残っているのは、


速かったこと。

危なかったこと。

動いたこと。


それだけ。

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