航編第四話「暁光の月 三の日・繋がる場所」
建物は町の外れにあった。
目立たない場所にありながら、人の出入りは多い。
木と石で作られたその建物は少し古びていて、看板には文字が刻まれているが、航には読むことができなかった。
女は迷わず中へ入った。
航もその後に続く。
中は外よりも静かだったが、人の数はむしろ多い。
受付のような場所には数人が立っており、こちらへ一瞬だけ視線を向けるものの、すぐに作業へと戻っていく。
女は短く言葉を交わした。
その内容は航には理解できなかったが、少なくとも止められてはいない。
(通じている)
航はその事実だけを確認するように周囲を見ていた。
やがて奥へ通されると、部屋の中には数人の人間が座っていた。
その中には、航と似たような雰囲気を持つ者もいる。
視線が一瞬だけ交わるが、すぐに逸らされた。
誰も相手を細かく見ることはなく、ただそこに“存在している”ことだけを確認しているようだった。
女が横に立つ。
「ここで手続き」
短い説明だった。
航は頷く。
紙のようなものが差し出される。
しかしそこに書かれた文字は、やはり航には読むことができなかった。
女はそれを一度確認すると、航へと見せる。
「ココ、名前」
その言葉に、航は一瞬だけ動きを止めた。
だが他に選択肢はない。
航は紙に向かい、形だけの文字を置いていく。
それを見た受付の者は小さく頷いた。
成立したらしい。
その後、別室へと案内される。
机の上にはいくつかの物が置かれていた。
小さな袋、簡易な装備、布の束、そして薄い冊子。
どれも特別なものではないが、ここではそれが生きるための道具として扱われていることが分かる。
女は冊子を軽く確認すると、短く説明した。
「食事」
「金」
「仕事」
「最低限」
それだけだった。
航は冊子を開く。
文字は分からない。
しかし中には、剣や道、荷物を持つ人間の絵が描かれていた。
それらを見て、用途だけは理解できる。
(生きるための形)
理解できているわけではない。
だが、この場所で求められているものは何となく分かった気がした。
部屋の隅では、別の男が誰かと話している。
女は一瞬だけそちらへ視線を向けたが、すぐに戻した。
そして小さく呟く。
「流転者」
航はその言葉を聞いたが、その意味までは掴めなかった。
誰かが笑い、誰かが荷物を受け取り、誰かが外へと出ていく。
ここは止まることのない場所だった。
(ここで、生きる)
航はそう思う。
だが、その理由はまだどこにも存在していなかった。
女が出口を指す。
「行く」
航は従い、建物を出る。
その瞬間、風がわずかに変わった。
外の景色は、同じ町のはずだった。
しかし先ほどとは、どこか違って見える。
(繋がっている)
だが、それが何と繋がっているのかは分からなかった。




