航編第三話「暁光の月 三の日」
森を抜けた先に、町があった。
木と石で作られた、小さな集落。
高い建物はない。
代わりに、低い屋根が並んでいる。
(人がいる場所)
航は馬車の上から町を見下ろした。
人はいる。
行き交っている。
だが、どこかが噛み合わない。
「……聞こえないな」
呟く。
声はある。
だが、形にならない。
(言葉、じゃないのか?)
女は馬車を止めた。
何も言わない。
ただ降りるように合図する。
航も続いて降りた。
地面は乾いている。
踏みしめると、わずかに砂が鳴る。
町に入る。
空気は軽い。
なのに、妙に重い。
市場に近づく。
音が増える。
だが、意味にはならない。
(崩れてる、じゃない)
(抜けてる)
「……」
航は立ち止まる。
誰かが何かを言っている。
声は届く。
だが、意味だけが落ちていく。
女の声がした。
「アブナイ」
短い。
いつも通りの声。
だが、町の誰も振り向かない。
(聞こえてない?)
航は周囲を見る。
誰も気にしていない。
屋台に並ぶ。
食べ物がある。
店主が何か言う。
だが、やはり意味は掴めない。
航は無言で金を置いた。
店主はそれを見て、品を渡す。
成立している。
(会話じゃない)
(交換だ)
視線を感じた。
子供だった。
こちらを見ている。
何かを言っている。
だが、航には届かない。
それでも、その顔は普通だった。
(困ってない)
ふと、遠くで音が変わった。
歌。
一瞬だけ、空気が揺れる。
意味はない。
それなのに、残る。
(今のは……)
すぐに元に戻る。
町は何事もなかったように続く。
航は立ち尽くしたまま、町を見ていた。
「……ここ、変だな」
そう言ったあとで、少し考える。
「いや」
訂正するように、小さく呟く。
「俺の方か」
女が戻ってくる。
「行く」
短い言葉。
航は頷く。
だが一度だけ、建物の外へ出た先の町を振り返る。
(何かが、抜けてる)
それだけが残った。




