航編第二話「暁光の月 二の日」
朝だった。
目を開けると、木の天井が揺れていた。
ゆっくりと、一定のリズムで。
「……生きてるな」
体を起こす。
荷馬車の中だった。
外から車輪の音が続いている。
世界はすでに動き出していた。
荷台の隅を見る。
水袋。保存食。雑多な荷物。
そして数冊の本。
「……悪くない」
小さく呟いた。
(最低限、生きるには困らない)
それ以上でも、それ以下でもない環境だった。
外から声がした。
「アブナイ」
女だった。
航は荷台から身を乗り出す。
彼女は前を向いたまま、道の先を指している。
森が濃くなる方向。
その仕草だけで意味は伝わった。
(危険区域)
「分かった」
短く返す。
女は振り返らない。
「アブナイ」
同じ言葉をもう一度だけ落とす。
航は少しだけ息を吐いた。
(言葉は単純、情報は最小限)
(だが必要な分は成立している)
「合理的だな」
声にならない程度で呟いた。
森に入るにつれて空気が変わる。
音が減る。
気配だけが濃くなる。
「……来る」
女の声がわずかに変わった。
緊張。
それだけは分かる。
茂みが揺れた。
獣だった。
昨日より小さい。だが数がいる。
女が即座に動く。
馬車を止める。
剣を抜く。
一瞬の迷いもない。
(速い)
航はその動きを観察する。
判断ではない。反射だ。
「アブナイ!」
女が叫ぶ。
航は頷く。
そして動いた。
横へ回る。
獣が飛びかかる。
航は避ける。
(直線的な動き)
(横にずらせばいい)
一体が女に斬られる。
短い音とともに崩れる。
航は別の一体の進路を蹴り崩す。
バランスが崩れた瞬間に、女が追撃する。
戦闘は短く終わった。
森は再び静かになる。
航は息を整える。
乱れてはいない。
(生き残れる)
それだけを確認する。
女を見る。
彼女は何も言わない。
ただ酒を一口飲むだけだ。
何かを言っている。
意味は分からない。
だが、少なくとも悪意ではない。
航は軽く息を吐いた。
「……まぁ、なんとかなるか」
返事はない。
それでも馬車は進み続ける。




