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名も無き戦場  作者: 六花
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航編第一話「暁光の月 一の日」

夢を見ていた。


静かな教室だった。

朝なのか夜なのか分からない。


窓の外は白い。


机の上には参考書が積まれている。

見慣れた光景だった。


航は一冊を閉じた。


疲れていた。


何を勉強していたのかも分からない。

最近はそんな日が増えていた。


勉強。

勉強。

勉強。


将来のため。

未来のため。

自分のため。


そう言われ続けてきた。


別に嫌ではなかった。

嫌ではなかったが。


「面白くはないな」


ぽつりと呟く。


「そうかい?」


声がした。


航は顔を上げた。


そこにいたのは、人の形をした“何か”だった。


男にも見える。

女にも見える。

老人にも見える。

若者にも見える。


要するに、分からない。


「誰?」


「神様」


「胡散臭いな」


「ひどいね」


航は少しだけ目を細める。


「夢だろ」


「そうだよ」


「ならいい」


再び机に突っ伏す。


神は困ったように笑った。


「少し頼みがあってね」


「嫌だ」


即答だった。


「まだ何も言ってない」


「面倒そうだ」


神は一瞬だけ黙る。


「世界が壊れかけている」


航は顔を上げた。


「急に重いな」


「そうでもないよ」


「さっきまで夢だっただろ」


「今も夢だよ」


「余計に分からない」


神は笑った。


その時だった。


空間が軋む。


窓が歪む。

壁が崩れる。

白い世界にひびが入る。


航は初めて、わずかに目を細めた。


「おい」


神は立ち上がる。


「時間だ」


「何の」


「全部」


「説明は」


「できない」


航は小さく息を吐いた。


「……そうか」


神は最後に笑う。


「行ってらっしゃい」


世界が落ちた。




目を開ける。


空だった。


青い。

どこまでも青い。


しばらく見ていた。


それから。


「終わったな」


森だった。


知らない木。

知らない草。

知らない空気。


文明の気配はあるが、自分の知る世界とは違う。


知らない世界だった。


スマホを探す。


ない。


ポケットを探す。


ない。


財布もない。


受験票もない。


「終わったな」


二回目だった。


立ち上がる。


歩く。


とりあえず歩く。


しばらくして。


ガサリ。


音がした。


振り向く。


それは犬ではなかった。


狼でもない。


熊でもない。


ただ“危険”だけが分かる存在だった。


「知らん」


結論だった。


次の瞬間、飛びかかってくる。


「……っ」


航は反射的に走った。


速い。


人生で一番速かったかもしれない。


転ぶ。


木の根だった。


地面に叩きつけられる。


終わった。


そう思った瞬間。


鈍い音。


獣が吹き飛ぶ。


「……?」


荷馬車だった。


その横に女が立っていた。


赤紫の髪。

無造作なウルフカット。

片手に酒瓶。


商人には見えない。


どう見ても見えない。


荷馬車には食料よりも雑多な荷物が積まれ、なぜか書物が多い。


女は獣を見て、一口飲む。


そして航を見る。


「生きてるか?」

航は、その言葉を“そういう意味だ”と理解した。


航は少し間を置いた。


「多分」


女は頷く。


「そうか」




航は立ち上がろうとする。


「助かった」


そう言う。


女は少しだけ目を細めた。


「……?」


通じていない。


女は指をさす。


自分。

獣。

地面。

航。


「アブナイ」


拙い言葉。


それでも意味は通る。


航は理解する。


「危ないってことか」


女は頷く。


「アブナイ」


航は小さく息を吐いた。


「ありがとう」


女は少し間を置いて。


「……」


酒を放る。


航は受け取る。


そして女は振り返ることなく歩き出す。


航はその背中を見た。


「……変なやつだ」


小さく呟く。


返事はない。


ただ、馬車の車輪の音だけが残った。

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