ヴァルク編第六話「暁光の月 六の日」
朝の街はまだ完全には目を覚ましていなかった。
薄い霧が石畳に残り、空気は冷たく重い。
その中を、ヴァルクは一人で歩いていた。
依頼は数日間にわたる街道保全任務。
街道近郊に現れる魔物の掃討と、通行路の安全確保。
傭兵団としては珍しくない、継続型の仕事だった。
街を抜けると、空気の質が変わる。
人の気配が薄れ、森の湿度が濃くなる。
その奥に、わずかな“歪み”が混じり始めていた。
最初の遭遇は森と街道の境界だった。
獣に似た形。
だが、その動きはどこか自然から外れている。
存在そのものが、世界から浮いているような異質さがあった。
ヴァルクは立ち止まらない。
剣も抜かない。
一歩。
その瞬間、距離が消える。
乾いた衝撃音が一度だけ響いた。
それだけで終わった。
魔物は崩れ落ちるように消え、森はすぐに静けさを取り戻す。
誰もその過程を正確には理解できない。
ただ“終わった”という結果だけが残る。
ヴァルクは短く息を吐いた。
「問題ない」
それだけだった。
その後も、小さな遭遇は続いた。
二体。
一体。
また一体。
戦闘と呼ぶにはあまりに短い処理が繰り返される。
音だけが残り、意味はすぐに霧散していく。
街道には少しずつ人の流れが戻り始めていた。
足跡が増え、遠くに馬車の影が見える。
雨上がりのぬかるみを進む馬車は遅い。
荷を揺らしながら、ゆっくりと街道を渡っていく。
その中にいる者の顔は見えない。
声も届かない。
距離は遠く、ただの風景の一部のようだった。
ヴァルクは一瞬だけその方向を見る。
そしてすぐに視線を外す。
干渉はない。
接触もない。
ただ、同じ街道を同じ時間に存在しているという事実だけがあった。
夕刻。
任務は続いている。
だが街道はすでに機能を取り戻しつつあった。
戦闘は終わり、次の地点へ向かう。
繰り返されるだけの作業。
それでも、その繰り返しがこの世界を繋いでいる。
誰もその全体像を知らない。
ただ道は続き、人は流れていく。
ヴァルクは歩く。
次の区画へ。
次の“異常”へ。
そしてその背後で、街道は静かに世界を運び続けていた。




