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名も無き戦場  作者: 六花
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ヴァルク編第五話「暁光の月 五の日」

朝の街道は乾いていた。


曇りがかった空の下、ヴァルクは一定の歩幅で進む。


昨日の村から続く道は、すでに遠い。


振り返ることはない。


風景だけが、何事もなかったように流れていく。




都市の外壁が見え始める頃には、人の流れが濃くなっていた。


荷を積んだ馬車。

怒鳴り声を上げる商人。

行き交う傭兵と兵士。


戦場とは違う喧騒。


だがヴァルクにとっては、ただ場所が変わっただけの現実だった。




傭兵団拠点。


厚い木扉を押し開けると、湿った空気と鉄の匂いが混じっていた。


中は騒がしい。


依頼の整理。

武具の手入れ。

酒場から漏れる笑い声。


それぞれが勝手に動いているが、不思議と崩れてはいない。


受付の女が顔を上げた。


ミラ・ハーゲン。


淡々とした視線だった。


「ああ、戻ったんですね」


驚きも、労いもない。


それは“いつもの確認”だった。


ヴァルクは小さく頷く。


「報告だ」


「はい」


紙が差し出される。


簡易的な報告書。


依頼内容。

完了確認。

結果記録。


そこに詳細を書く欄はない。


必要がないからだ。


ペンを走らせるヴァルクに、ミラが視線を落としたまま言う。


「単独行動が続いていますね」


注意というより、事実の確認だった。


「ここは傭兵団です。基本は連携を前提としています」


ヴァルクは手を止めない。


「問題はない」


短い返答。


ミラは一拍置き、淡々と続ける。


「……今さらあなたにそれを説明する必要もないと思っています」


視線は紙のままだった。


「ただ、形式上は一応伝えておきます」


ヴァルクはそれ以上何も言わない。


報告は静かに終わる。


ミラは書類を受け取り、印を押した。


「確認しました」


それだけだった。


外へ出る。


都市の喧騒は変わらない。


市場の声。

金属の打音。

酒場から漏れる笑い。


昨日の村とは別の世界。


だがヴァルクの中では、同じ“処理の続き”だった。


足が止まる。


理由はない。


ただそこに酒場があるからだ。


傭兵たちが集まる場所。


扉を押す。


木が軋む音。


中は騒がしい。


笑い、罵声、酒の匂い。


だがその混沌は、どこか均衡している。


ヴァルクは奥へ進む。


誰も気にしない。


誰も特別扱いしない。


それがこの場所の当たり前だった。


カウンターでは酒が次々と注がれている。


ヴァルクは何も頼まない。


ただ席に座るだけだ。


会話には入らない。


必要がない。


この傭兵団という組織は、本来なら歪んでいる。


単独行動は禁じられるべきだ。


報告は団長を通すのが規則だ。


だが現実は違う。


結果を出す者がいる。


被害を最小に抑える者がいる。


単独で依頼を終わらせてしまう者がいる。


その一人がヴァルクだった。


団長はそれを知らないわけではない。


むしろ理解している。


だが、正す必要がなかった。


修正するより、処理した方が早い。


組織とはそういう現実で回る。


だからヴァルクは例外として残っている。


規則の外側にいながら、組織の内側で機能する存在。


誰もそれを正しいとは言わない。


だが誰も、それを壊そうともしない。




ヴァルクは酒場を出る。


酒も飲まず、誰とも関わらず。


外の空気は冷たい。


曇り空の向こうで、光が静かに沈みかけている。


街の音が背後に遠ざかる。


足音だけが残る。


次の依頼へ。


次の現場へ。


昨日と今日の境界は曖昧だ。


ただ積み重なっていくだけの時間。


それでも。


ほんのわずかにだけ、歩幅が変わる。


理由はない。


それを言葉にする必要もない。


風が吹く。


ヴァルクはそのまま歩き続けた。

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