ヴァルク編第四話「暁光の月 四の日」
風はぬるかった。
街道を外れた先に、小さな村が見える。
遠目には静かだった。
煙は上がっていない。
叫び声もない。
だが、その静けさにはどこか不自然な歪みがあった。
ヴァルクは歩みを止めない。
今回の依頼は単純だ。
魔物による被害の調査。
必要なら討伐。
それだけだった。
村の入口に着く。
門は壊れていない。
しかし、そこに立つ見張りは兵士ではなかった。
粗末な鎧。
統一のない武具。
手入れの行き届いていない剣。
一目で分かる。
盗賊だ。
「止まれ」
男が声を張り上げる。
ヴァルクは足を止めない。
「聞こえなかったか」
「聞こえた」
短く返す。
それだけだった。
男が剣を抜く。
周囲からも数人が現れ、半円を描くようにヴァルクを囲む。
「ここは俺たちの村だ」
「そうか」
「通りたければ──」
言葉は途中で途切れた。
一歩。
それだけで距離が消える。
剣が弾かれ、乾いた音を立てて地面に落ちる。
理解が追いつくより先に、次の動きが終わっていた。
火花。
鈍い衝撃。
短い戦闘だった。
誰も死なない。
だが、立っていられる者もいない。
静寂が戻る。
ヴァルクは剣を納めた。
「……弱いな」
その声は、誰にも届かない。
村の中央へ進む。
そこにあるのは、破壊ではなく“歪み”だった。
畑は荒れていない。
井戸も機能している。
家屋も焼かれてはいない。
ここは焼失した村ではない。
ただ、秩序が崩れた場所だった。
村の奥から、一人の男が歩み出る。
村長だった。
「……あんたは傭兵か?」
「そうだ」
「報酬は?」
ヴァルクは一瞬だけ間を置く。
そして腰の袋から銀貨を取り出し、地面に置いた。
「これでいい」
「足りるわけがないだろう」
「知らん」
即答だった。
「必要なら団長に回せ」
「俺は仕事を終わらせただけだ」
それだけ言うと、踵を返す。
この場に留まる理由はない。
夕刻。
村の外れ。
荒れた村を背に、ヴァルクは街道へ向かう。
背後の視線を気にすることはない。
振り返る必要がないからだ。
夜になる前に街道へ出る。
空は曇っていた。
風が乾いた土を撫でていく。
(こういう場所は、どこにでもある)
思考はそれだけで終わる。
それ以上は必要ない。
ヴァルクは歩き出す。
夜。
街道は静まり返っていた。
馬車の影も、人の気配もない。
ヴァルクは一人で進む。
今日の出来事は、すでに遠い。
村も盗賊も、すべて風景へと沈んでいく。
(また同じだ)
そう思う。
だが、それに意味はない。
ただの仕事だ。
ただの処理だ。
ヴァルクは焚き火も起こさず、そのまま歩き続けた。
止まる理由がない限り、止まらない。
夜の街道に、足音だけが静かに続いていく。




