ヴァルク編第三話「暁光の月 三の日」
昨日の村は、もう風景の一部になっていた。
焼け跡は風に削られ、形を失いかけている。
残っているのは、焦げた匂いと乾いた土の重さだけだ。
ヴァルクは一人で街道を進んでいた。
同行者はいない。
報告する相手もいない。
それが今の常だった。
(昨日)
その言葉が、ふと頭の奥に浮かぶ。
特別な意味はない。
ただの時間の切れ端だ。
瓦礫の中。
そこにいた子供。
泥と灰にまみれた手。
抱えた布切れ。
ヴァルクは歩みを止めない。
(生きているなら、それでいい)
思考はそこで終わる。
それ以上は必要ない。
救いでも後悔でもない。
ただの事実の処理だ。
だが、わずかに引っかかるものがある。
(違う)
それは子供のことではない。
そう分かっている。
それでも記憶は重なる。
スラムの路地。
倒れた人間。
戻らない呼吸。
そして、救えなかった誰か。
ヴァルクは手綱を握り直す。
(俺はまだ動いている)
それだけを確認するように呼吸を整える。
昼。
街道の検問を抜ける。
傭兵を見る視線はどこも同じだ。
警戒。
距離。
そしてわずかな忌避。
「またあいつか」
誰かが呟く。
ヴァルクは反応しない。
「厄介者だな」
別の声。
それも慣れている。
(それでいい)
理解される必要はない。
評価も必要ない。
ただ進めばいい。
夕方。
村外れの井戸。
小さな子供が一人、そこに座っている。
昨日と同じような光景だ。
ヴァルクは近づかない。
立ち止まり、袋を取り出す。
乾パンと水。
それを地面に置く。
子供は気づかない。
それでも構わない。
見返りはない。
説明もいらない。
(生きろ)
ただそれだけ。
背を向ける。
歩き出す。
夜。
空は曇っている。
星は見えない。
それでもヴァルクは空を見ない。
(俺だけが、まだ動いている)
その事実だけを、静かに繰り返す。




