ヴァルク編第二話「暁光の月 二の日」
風は乾いていた。
街道沿いの丘は、いつも同じ匂いがする。
土と鉄と、かすかに焦げた木の匂い。
ヴァルクはそこに一人で立っていた。
黒鉄傭兵団の名は、契約上まだ残っている。
だが実際に隣に誰かが立つことはない。
それが、今の常だった。
「……処理は終わっている」
報告は自分に向けたものではない。
ただの確認だ。
誰も返事を期待していない。
焼け落ちた村。
崩れた家屋。
折れた柱と、消えかけた生活の痕跡。
戦場と呼ぶには小さすぎる。
だが、人が死ぬには十分すぎる場所だった。
(またか)
思うだけで、言葉にはしない。
ヴァルクにとってそれは、もはや特別な感情ではなかった。
繰り返される現実の一部。
視線の先に、小さな動きがあった。
瓦礫の陰。
子供。
泥と灰にまみれた手で、何かを抱えている。
ヴァルクは歩き出す。
ゆっくりと、迷いなく。
誰かが見ている気配はない。
いや、最初から誰もいない。
距離が縮まる。
子供は震えていた。
だが、逃げない。
抱えているのは、小さな布切れだった。
形も色も分からない残骸。
ヴァルクはそれを見て、一瞬だけ足を止める。
(違う)
そう思う。
だが、その思考はすぐに別のものに上書きされる。
スラムの匂い。
寒さ。
空腹。
そして、もう戻らない記憶。
弟。
「……食えるか」
低い声が落ちる。
子供は答えない。
ただ、ヴァルクを見上げている。
ヴァルクは視線を逸らす。
助ける理由はない。
救う義務もない。
それでも、体が動く。
小さな袋を地面に置く。
乾いたパンと水。
それだけ。
救いではない。
慈悲でもない。
ただ、生き延びるための最低限。
「……生きろ」
誰に向けた言葉かは、自分でも分からない。
子供は動かない。
ただ、その袋を見ている。
ヴァルクは背を向けた。
振り返らない。
この場所に長く留まる理由はない。
「死ぬなら、それまでだ」
そう言い捨てる声は、風に溶けた。
だが、その裏側には何もないわけではない。
(死ぬな)
それだけが、残っている。
日が傾く。
次の依頼地へ向かう街道。
馬も同行者もいない。
足音だけが続く。
誰かと話すこともない。
誰かに報告することもない。
ただ、進む。
(俺だけが、まだ動いている)
その事実だけを、何度も確かめるように。




