セイリス編第六話「暁光の月 六の日」
雨は朝から止む気配を見せなかった。
修道院の屋根を叩く音が、一定の間隔で世界を満たしている。
それは祈りのようでもあり、ただ自然が繰り返されているだけのようでもあった。
窓の外は白く霞み、街道の輪郭すら曖昧に溶けている。
セイリスは礼拝堂の片隅に立っていた。
祈りの時間はとうに終わっている。
それでもその場を離れなかったのは、静けさの中でしか拾えない思考があったからだった。
最近、耳に残る話がある。
傭兵団のこと。
単独で任務をこなす異常な戦力。
それを例外として扱う組織。
規則と現実が噛み合わない運用。
断片だけが、噂のように積み重なっていた。
そして、この修道院についても似た話がある。
どこかの支援によって成り立っている施設だという。
流転者に関わる組織が、間接的に関与しているとも言われていた。
だが、その詳細を語る者はいない。
語る必要がないかのように。
「外の者が滞在しているようです」
背後から修道士の声がした。
セイリスは視線を向ける。
中庭の向こうでは、子供たちの笑い声が響いている。
窓越しに見えるその先に、見知らぬ旅人がいた。
雨宿りのために一時的に滞在している者。
教会に属する者ではない。
ただ、それ以上の説明もされていない。
子供の一人が、その旅人の言葉を真似て笑っている。
旅人は少し困ったように視線を逸らしながらも、その場を離れない。
慣れているわけではない。
それでも、そこに留まり続けていた。
「悪影響がなければ良いのですが」
修道士が小さく言う。
それは判断というより、習慣のような言葉だった。
セイリスは少し遅れて答える。
「悪影響とは、何を基準にするものなのでしょうか」
修道士は答えない。
ただ視線を窓の外へ向けたままだった。
雨は止まない。
しかし、その雨の向こう側に、別の流れがある気がした。
この場所は祈りと生活の場でありながら、説明のつかない何かに支えられている。
信仰でも制度でもない、曖昧な均衡。
セイリスは視線を戻す。
窓の外では、旅人がまだそこにいる。
子供たちに言葉を教えながら、不器用にその場へ馴染もうとしていた。
その姿は、祈りでも秩序でもない。
だが、それを拒む理由もまた見つからなかった。
「正しさとは」
誰に向けるでもなく、セイリスは心の中で問う。
「どこから生まれるものなのでしょうか」
雨は答えない。
ただ同じリズムで降り続けていた。




