セイリス編第五話「暁光の月 五の日」
朝の礼拝堂は静かだった。
人の気配はまだ少ない。
高窓から差し込む光だけが、床に淡い線を描いている。
セイリスはその中央に立っていた。
剣は持たない。
それが許されていないからだ。
手にあるのは木剣。
祈りと訓練のための、ただの道具。
祈りの時間。
声を出すことはない。
ただ、静かに手を合わせる。
「……」
言葉にならない祈りが、礼拝堂の空気に溶けていく。
しかし、その静けさは長くは続かなかった。
廊下から戻ってきた修道士たちの足音が、わずかに乱れた気配を運んでくる。
セイリスは顔を上げた。
「何かあったの?」
問いかけに、一人の修道士が視線を逸らしながら答える。
「傭兵の話だ」
「傭兵……?」
「依頼で出ていた村があっただろう」
セイリスは小さく頷いた。
「そこには入ったらしい」
その言葉のあと、しばらく沈黙が続いた。
誰かが続けて説明するわけでもない。
説明しようとしても、うまく形にならないのが分かる。
戻ってきた言葉は、断片のままだった。
村は焼かれていない、と誰かが言った。
魔物は排除されたのだろう、と別の誰かが付け加えた。
だが、そのどれもが確信ではない。
言葉にしようとするほど曖昧になり、沈黙の方がむしろ正確に思える。
誰もそれ以上を語らなかった。
語れないのか、語る必要がないのか、その区別すら曖昧なまま。
ただ、理解しきれないものだけがそこに残っていた。
セイリスはその言葉を静かに受け取る。
礼拝堂の空気が、わずかに重く沈む。
(傭兵……)
その単語だけが、心に残る。
救いを目的とする者ではない。
祈りに従う者でもない。
それでも、結果だけは確かに残っている。
では、それは正しい行いなのか。
あるいは、ただの処理に過ぎないのか。
セイリスは視線を祭壇へ戻す。
そこに答えはない。
ただ、変わらぬ光だけが差している。
午後。
訓練の時間。
木剣を握る。
軽い。
だが、それは武器ではない。
あくまで修練のための道具だ。
それでも、ときどき考える。
これと“本物”は、何が違うのだろうか。
扱う者の覚悟か。
それとも、背負う結果そのものか。
「……私は、何を守ろうとしているのだろう」
小さく呟く。
返事はない。
夕刻。
礼拝堂の鐘が鳴る。
セイリスは一人、窓辺に立つ。
曇った空の下、遠くの街道がかすかに見える。
そこを誰かが歩いている気がした。
理由も知らない。
名も知らない。
それでも、その先で何かが動いている。
誰かが処理し、誰かが祈り、誰かが見ている。
その循環の中に、自分もいるのだろうか。
(正しさとは、何だろう)
問いは浮かぶが、形にはならない。
答えはまだ、どこにもない。
ただ、夜が静かに降りてくるだけだった。




