セイリス編第四話「暁光の月 四の日」
朝の鐘は鳴っていた。
昨日と同じ音のはずだった。
だがセイリスには、少しだけ違って聞こえた。
祈りの言葉を口にする。
声も、意味も変わらない。
「この世界に、救いを」
その言葉が、わずかに遅れて落ちる。
(……)
小さな違和感。
だが消えない。
昨日から続いているものだった。
礼拝堂には人がいる。
いつも通りの人数。
いつも通りの沈黙。
それでも、何かがわずかにずれている気がした。
祈りの声が重なるたびに、
その“重なり方”だけが違っている。
セイリスは一度、言葉を止める。
周囲は気づいていない。
誰も変わっていない。
(私だけが、ずれている?)
その考えはすぐに否定する。
だが、完全には消えない。
昨日の避難所。
少女の言葉。
「でも、生きてるからいい」
その音がふと蘇る。
祈りの中に混ざる。
(生きているから、いい)
それは正しいはずの言葉だった。
なのに今は、少しだけ重さが違う。
午前。
修道士たちの会話はいつも通りだった。
「救いは行動だ」
「祈りは導きだ」
間違っていない。
正しい言葉だ。
だが、どこか届かない。
セイリスは気づき始めている。
言葉は同じでも、
“届く場所”がずれている。
午後。
窓の外で風が揺れる。
祈りの時間。
声を合わせる。
「救いを」
その瞬間だけ、わずかな遅れがあった。
誰かが遅れたのではない。
世界そのものが、少しだけ遅れているようだった。
セイリスは手を止める。
(何が起きているの?)
答えはない。
ただ祈りだけが続く。
そしてその祈りは、
昨日よりもわずかに遠くへ届いている気がした。
夕暮れ。
鐘は鳴らない。
静かな礼拝堂で、セイリスは一人立つ。
(救いとは何か)
その問いは、もう祈りではなかった。
昨日よりも確かに、
“現実に触れている問い”になっていた。




