セイリス編第一話「暁光の月 一の日」
礼拝堂は静かだった。
人はいる。
だが、その気配は音を持たないまま空間に沈んでいる。
高い天井から差し込む光が、床に細い線を描いていた。
その上に立つと、自分だけが切り取られたような錯覚がある。
セイリスはその中央に立っていた。
指を胸の前で組み、目を閉じている。
(祈り)
その行為をそう呼んでいるだけで、本当の意味は分からない。
それでも、誰も疑問を挟まないまま続いている。
周囲の人間も同じように静かに立っている。
誰かと会話するでもなく、何かを待つでもない。
ただ、そこにいる。
(何故、ここにいるのだろう)
ふと、そんな思考が浮かぶ。
だが、それはすぐに奥へ沈められる。
考えることではない。
そう教えられてきたからだ。
祈りの言葉が終わる。
誰も動かない。
誰も変わらない。
ただ少しずつ、人が流れ始める。
セイリスもそれに従うように歩き出した。
外へ出ると、空気がわずかに変わる。
静けさは同じはずなのに、どこか違う。
街はいつも通りだった。
人が歩き、声が交わり、生活が続いている。
それは何もおかしくない光景のはずだった。
だが、どこかが噛み合わない。
(これは、本当に正しいのだろうか)
その問いが一瞬だけ浮かび、そして消える。
考えることではない。
答えはすでに与えられているはずだった。
「聖竜は、私たちを見ている」
かつて聞いた言葉が、ふと頭の奥で響く。
聖竜。
その存在を、正確に理解している者は多くない。
それでも、それは確かに“そういうもの”として語られている。
セイリスは空を見上げる。
そこには何もない。
それでも、見られているような感覚だけが残る。
(正しさとは、何だろう)
またその問いが浮かぶ。
だが、今度もそれは答えに変わらないまま沈んでいく。
ただ一つだけ残るものがある。
言葉にならない違和感のようなもの。
セイリスは歩き出す。
その一日が、まだ始まったばかりであることだけを理解しながら。




