ケプネとタリヤ
金属が軋む音がする。
キコキコと耳障りでうるさい。
うっすらと目を開けると狭い部屋の中、NO.046は手術台のようなところに無造作に仰向けに寝かせられていた。
この感覚には慣れている。
だがここは、サイラスの基地ではない。
見たことのない質素な小屋だ…
「えっ!!」
頭の上の方から、そろそろと近づいてきたのは見たことのない種族の少女だった。艶やかでするりと肩から落ちた金色の髪、その隙間から覗く尖った耳に、初めて見る翡翠色の瞳だった。
少女が目に映った瞬間、理解が追いつかなくなる。なぜならガルディオンは、民間人との接触は禁止、いや禁忌とされているからだ。
急いで飛び起きようとするが、体が自由に動かない。鉛のように重く、感じたことのない感覚だ。
咄嗟にできることといえば、体内から出る空気が毒霧にならないように自分の鼻と口を手で押さえることだった。
顔の前に持ってきた、自分の手が視界に入る。
見慣れない黒。
ほんの少しだが、心臓が飛び跳ねた。
その手には、血管に沿いぐるぐると無数の蛇が絡みついているような禍々しい黒い紋様が浮かんでいる。
最後に戦場で見たあの光景。
夢じゃなかったか…。
口に当てようとした手を、NO.046はゆっくりと下ろした。これは毒の凝固の証。
もう体外へ毒が排出されることはないことを意味する。
「体調は…、どうですか?」
少女はぎこちない気遣いを見せてはいるが、その表情は警戒しているようだ。
少女のその態度に、自分がここにいる理由が余計にわからなくなった。
「ここは…どこだ?」
「イグリスですよ。」
イグリス共和国。
ラルクーザ王国と、サイラス帝国の南に位置する国だ。ついさっきまでの戦場は、ラルクーザから南下して西へ進んだあたりだったはず。
なぜ自分は軍に回収されず、こんな場所に…。
「ケプネ開けてー。」
部屋の外から声が聞こえる。
ケプネとは少女の名前のようだ。
「タリヤ!」
ケプネは慌ててドアに駆け寄り急いで開ける。
タリヤと呼ばれた少女は、両手いっぱいに青々とした草を抱えている。
部屋の中にもぽつぽつと落としながら、机いっぱいにそれを広げた。
「ね、ねぇ、目を覚ましちゃった。」
帰ってきたばかりのタリヤの袖口を引っ張りながら、心配そうに横目でこちらを眺めてくる。
「あのアーリヌが、持ってきたんだもん。とりあえず治してって、それだけ。」
少し不機嫌そうに口をとんがらせながら、机の上の薬草を選分けている。
「薬草は、これで足りる?」
「う、うん。足りるはず。」
ケプネは急いで薬草を掴み取り、NO.046の上方、金属の音の方に消えていく。
「ついさっきだよ。アーリヌがあなたをここまで運んできたのは。」
いつの間にか椅子に腰かけているタリヤは、無造作に流された短い髪を耳にかけ直し、薬草まみれの机に頬杖をついていた。
いつものことだとでも言いたそうに、慣れた様子でベッドに横たわるNO.046の相手をしている。
「人助けが、趣味なのか。」
その言葉を聞いたタリヤは、くすりと鼻で笑いすぐに呆れた顔に変わっていく。
「…だったらいいね。」
こちらに興味がなさそうに、薬草を無意味にこねくり回している。
「ミャァ」
足元から何かの鳴き声がした。
タリヤがそれを拾い上げ抱きしめる。
白くてもふもふした生き物だ。
NO.046は今まで軍により管理され、訓練や改造を続けてきた。戦闘以外の知識は必要なく、日常の知識には疎かった。
頭上から聞こえるキコキコとした音が止まり、ケプネが駆け寄ってくる。
手には紙に包まれた薬草の粉を持っていた。
「これ飲めば元気になるってジッジが言ってたの。」
見たことのない緑色の粉。
当然飲む気になどならないが、彼女達の沈黙とこちらを伺う眼差しは、どうにも居心地が悪かった。
上半身をゆっくりと起こす。
思いもよらない体の重さと、気分の悪さを感じた。
助けも呼べず、なす術もない。
使い物にならないこの体はもうどうなってもいいのかもしれない。
今は身を任せて、最低限ただ動けるようになる可能性があるならそれでもいいか…。




