エピローグ
凍りついた床に、VECの隊員たちの足音が響いていた。
ショッピングモールの一角は、もはや元の姿を留めていなかった。白く染まった床、壁を這う氷、砕け散ったガラス、そして異形だったものの残骸。館内に残っていた避難誘導の放送が、妙に遠く聞こえる。
「……中位種三体、反応消失」
「周囲の民間人はほぼ退避済みです」
「負傷者の搬送急げ!」
交錯する声の中で、美景はその場に立ち尽くしていた。
足元には、気を失った空が倒れている。
隊員の一人が駆け寄り、空の容体を確認する。
「こっちは意識なし! 呼吸はある!」
別の隊員が、凍りついた一帯を見回して低く息を呑んだ。
「……これをやったのか」
その視線は自然と美景へ向く。
他の隊員たちも、同じように彼女を見る。
現場に立っているのは白雪 美景ただ一人。周囲に散らばる異形の残骸と、この異常なまでの凍結範囲を見れば、そう判断するのは当然だった。
「白雪、お前がやったのか?」
問いかけに、美景はすぐには答えられなかった。
喉がうまく動かない。
視線の先には、まだ白い霜をまとった床と、倒れている空の姿がある。
「……っ」
短く息を詰める。
だが、沈黙を不審に思うより先に、隊員の一人が感心したように口を開いた。
「Cランクで中位種三体をここまで抑えたのかよ」
「いや、抑えたどころじゃないだろ。この凍結規模……」
「こりゃBランク昇進は間違いないな、Aランクも視野だ」
軽く肩を叩かれ、美景の身体がわずかに揺れる。
褒め言葉のはずだった。
本来なら、嬉しく思ってもおかしくない。
けれど今は、そのどれもが耳の上を滑っていくだけだった。
違う。
これは、自分じゃない。
確かに最初は自分が戦っていた。
だが、この場を白く凍らせたのは自分ではない。
異形三体をまとめて飲み込んだあの氷は、自分の”氷華”と同じ形をしていながら、明らかに別物だった。
出力も、広がりも、何もかも。
それを使ったのは――
美景の視線が、足元へ落ちる。
気を失ったままの空。
蒼月 空。
さっきまで、自分の前に立っていた少年。
何もできないように見えた、あの空が。
「白雪?」
怪訝そうに名前を呼ばれ、美景はようやく顔を上げた。
「……いえ」
絞り出すように、それだけ返す。
だが、その返答は曖昧すぎて、肯定にも否定にもならなかった。
隊員たちはそれを、極限状態のあとの疲労や混乱だと受け取ったのだろう。深く追及する様子はない。
「とにかく、詳しい話はあとだ。お前も手当てを受けろ」
「そっちの少年も搬送するぞ」
担架が運ばれてくる。
隊員たちが空の身体を慎重に持ち上げる。
その様子を見ながら、美景は唇を引き結んだ。
Bランク昇進。
そんな言葉が、妙に遠い。
頭の中に残っているのは、あの瞬間だけだった。
ぼろぼろになった自分の前へ、空が割って入ったこと。
そして。
『――”模倣”』
『”氷華”」
あの声。
あれは、聞き間違いではない。
美景は、ゆっくりと拳を握る。
周囲は誰も気づいていない。
誰も、見ていない。
けれど自分だけは、確かに見た。
倒れて運ばれていく空の横顔を見つめながら、美景は小さく息を呑む。
――あなたは、一体何者なの。
その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。
序章 完
ここまで読んで頂きありがとうございます。
明日より一章も順次更新していきますので、引き続きよろしくお願いします。




