6話 姉妹
休日の昼前、空は一人で大型のショッピングモールに来ていた。
人の流れは途切れない。買い物袋を提げた家族連れ、友人同士で騒ぐ学生、どこかへ急ぐように歩く大人たち。明るい館内放送と雑多な話し声が重なって、施設全体が落ち着きなく脈打っていた。
その中を、空は一人で歩いていた。
目的は決まっている。
冷たく当たってしまった海未への詫びの品を買うこと。
とはいえ、何を買えばいいのかは決まっていなかった。
菓子の方がいいのか、暇つぶしになるものの方がいいのか。それとも、そもそも形にすること自体が違うのか。
考えても、答えは出ない。
ただ、何もしないままでいるよりはましな気がした。
先日の病室でのやり取りが、まだ胸の奥に残っている。
海未の曇った顔。
小さく返ってきた「ごめん」。
あれを思い出すたび、胸の内側が鈍く軋んだ。
空は小さく息を吐き、フロア案内板の前で足を止めた。
そのときだった。
「……蒼月君?」
不意に、横から声がかかる。
空が振り向くと、そこに立っていたのは白雪 美景だった。
私服姿の彼女は学校にいるときとは少し印象が違う。とはいえ、背筋の伸びた立ち姿や、その目を引く銀髪、無駄のない雰囲気は相変わらずだった。
その隣には、空よりずっと年下に見える少女がいる。
同じ銀髪をツインテールにして、それを揺らしながら、こちらを興味深そうに見上げていた。
「……白雪」
空が短く呼ぶと、美景は小さく頷いた。
「こんなところで会うなんて、偶然ね」
「……そうだな」
会話が途切れる。
空気が気まずくなるほどではないが、滑らかでもない。
そんな間を埋めるように、美景が静かに口を開いた。
「怪我は大丈夫だった?」
空は一瞬だけ目を伏せる。
先日の教室。凍りついた空気。自分の前に立った美景の背中。
「……おかげさまで」
それだけを返す。
愛想のない言い方だったが、美景は特に気にした様子もなかった。
「そう。ならよかった」
短い返答。
それでも、その声音には形式だけではない確認の色があった。
そのとき、美景の隣にいた少女が、少し前に出る。
「お姉ちゃん、この人は?」
遠慮のない目だった。
美景は小さく息をついてから、空の方を見る。
「妹の美晴。中等部一年生よ」
紹介された少女――白雪 美晴は、ぱっと表情を明るくした。
「白雪美晴です!」
妙に元気のいい名乗りだった。
空はわずかに間を置いてから、
「……蒼月 空」
とだけ返す。
「知ってる。お姉ちゃんと同じクラスの人でしょ?」
屈託のない言い方だった。
特別な意味はない。ただ知っていることをそのまま口にしただけ、という口調。
「まあ、そうね」
美景が短く答える。
空も否定はしなかった。
そのやり取りを見て、空は少しだけ目を細めた。
学校で見る美景からは想像しづらい光景だった。
「……買い物?」
美景が尋ねる。
「ああ」
「一人で?」
「そうだ」
また短い会話になる。
だが先ほどまでよりは、わずかに空気が柔らかかった。
美晴が案内板の方を見て、すぐに空へ視線を戻す。
「もしかして迷ってる?」
「……別に」
そう返したものの、視線は案内板から外れていなかった。
その一瞬を、美晴は見逃さなかったらしい。
「迷ってるじゃん」
「美晴」
美景がたしなめるように名前を呼ぶ。
けれど美晴は懲りた様子もなく、むしろ楽しそうに続けた。
「何買うの?」
空は少しだけ視線を逸らす。
言うべきか迷って、それでも隠すほどのことでもないと思い直す。
「……入院中の妹に」
それだけ答えると、美晴は目を丸くした。
「妹さんいるんだ」
「いる」
「へえ……」
美晴は何か言いたげに空を見たあと、今度は美景を見上げる。
美景は一瞬だけ考えるように黙り、それから空へ向き直った。
「病院に持っていくものなら、上の雑貨店に小物もあるわ。甘いものなら、隣の区画に評判の店が入ってたはず」
実用的な言い方だった。
押しつけがましさはない。
ただ、必要そうだから伝える――それだけの口調。
「……そうか、ありがとう」
空が短く返すと、美晴がにっと笑う。
「お姉ちゃん、そういうの詳しいんだよ」
「美晴」
今度は少しだけ咎める響きが混じる。
だが、美晴はまるで効いていなかった。
その明るさに、美景は小さくため息をつく。
空はそのやり取りを見ながら、ほんのわずかに肩の力が抜けるのを感じていた。
休日の人混みの中で、ほんの短い立ち話。
それだけのはずなのに、学校で向き合うときとは少し違う空気が流れていた。




