表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/54

19話 再起の証明

「これは……」


空が思わず足を止めた。


ライトの先に転がっていたのは、大量の異形の死体だった。


白く歪んだ肉塊が、トンネルの床に無造作に散らばっている。

数は一体や二体ではない。

視界に入るだけでも十を超えていた。


下位種(ベース)ね」


美景が静かに呟く。


その声に、空も改めて死体の状態を見た。


斬られた、という感じではない。

氷で砕かれた跡とも違う。

もっと乱雑で、原形を留めていないものも多い。


「誰かに討伐されたってよりかは……」


美景が言いかける。


空は低く続けた。


「食われた感じだな……」


その言葉に、美景も目を細めた。


床には引きずられたような跡があり、いくつかの死体は明らかに喰いちぎられている。

異形の肉片が、トンネルの壁にまで飛び散っていた。


空は思わず眉を寄せる。


「異形って、食欲とかあるのか?」


美景は首を横に振った。


「あまり聞いたことはないわ」

「……」

「人間を殺すのも、食べるためじゃないし……」


空も思う。

これまで遭遇してきた異形は、飢えた獣みたいに獲物を求めていたわけではない。

もっと根本的に“壊す”ような、そういう性質の方が強かった。


だからこそ、この光景は不気味だった。


美景が考え込むように口を閉ざした、その時だった。


ドン、と。


大きな足音がトンネルの奥から響く。


二人の神経が一瞬で張り詰めた。


「白雪……」


空が自然と声を潜める。


「えぇ……」


美景も小さく返す。


足音は、また一つ。

重い。コンクリートの床そのものがわずかに震えるような響きだった。


暗がりの奥で、何かが動く。


次の瞬間、ライトの届く範囲へそいつが姿を現した。


巨大だった。


トンネルの幅ぎりぎりの大きさ。

四足の異形。

白く膨れ上がった筋肉のようなものが全身を覆い、その胴体は獣じみていながら、どこか人為的に歪められた不快さがある。


その口には、別の異形が咥えられていた。


まだ完全には死んでいないらしい。

ぐしゃりと噛み潰されながらも、喉の奥から甲高い悲鳴を漏らしている。


耳障りな叫び声が、トンネルの中で反響した。


空は思わず息を呑む。


中位種(ミドル)

いや、普通の中位種(ミドル)よりさらに大きいかもしれない。


だが、美景はそこで迷わなかった。


「”氷華(アイシクル)”」


よどみのない声。


瞬時に空気中の冷気が凝縮し、無数の氷の槍が生まれる。

その動きには、神社で見せたような躊躇いはない。


氷槍(ひょうそう)


美景が腕を振る。


氷の槍が一直線に、現れた巨大な異形へ向かって放たれた。


無数の氷槍は、巨体へ次々と突き刺さった。


鈍い音が連続して響く。

肩口。脇腹。前脚。首元。

深々と刺さっているはずなのに、異形はほとんど怯まない。


肉が分厚いからか、それともそれ以上に生命力が異常なのか。

四足の異形は苦痛を訴えるどころか、むしろ苛立ったように咆哮し、その場で暴れ回った。


突き刺さった氷槍が何本か砕け散る。


「ちっ……!」


その隙を逃さず、空が踏み込む。


「”模倣(デッドコピー)”――”斬体(ブレイド)”」


巨体の側面へ、思い切り拳を叩き込む。


斬撃が走る。

白い肉が裂け、深い切り傷が刻まれた。


だが。


「……塞がるのかよ」


空が思わず舌打ちする。


刻まれたはずの傷が、蠢くように肉を寄せ合い、見る間に閉じていく。


「共食いをしているから、再生力が異常ね」


美景が異形の動きを追いながら言う。


「ほぼ”感覚(センス)”を持っているようなものよ」


高位種(ハイエンド)になりかけってとこか」


空も低く返す。


恐らく、中位種(ミドル)の中でも上位。

少なくとも、二人がこれまで戦ってきた中では、”増殖(ブリード)”を除けば最上位の相手だろう。


だが、それでも。


空と美景は、どこかではっきりと確信していた。


「でも、今の俺たちの敵じゃ」

「ない、わよね」


言葉と同時に、美景が再び氷を展開する。


足元から這うように広がった氷が四足の異形の脚へ絡みつき、動きを鈍らせる。

完全には止まらない。

だが、その一瞬で十分だった。


空が死角へ回り込み、また拳を叩き込む。


「っ!」


斬撃。

裂傷。

そして、すぐに再生。


「いたちごっこではあるな」

「そうね……」


異形は暴れ、氷を砕き、また傷を塞ぐ。

美景が動きを奪い、空が傷を刻む。

その連携自体は噛み合っている。


だが、このままでは決め手に欠ける。


空も美景も、次の一手を探るように異形の動きを見た。


その時だった。


「……!」


美景の目が、わずかに見開かれる。


何かを思いついた顔だった。


「蒼月くん」


「なんだ」


「春日部隊長の”感覚(センス)”は使える?」


その問いに、空は一瞬だけ眉を寄せる。


「使えはすると思うが」


だが、すぐに顔をしかめた。


「使ったことないから、あんな繊細なことは出来ないぞ」


活性(リジェネレート)”。


春日部のように、細やかに傷を見極めて回復を促す技量なんて自分にはない。

そもそも回復系の”感覚(センス)”を他人へ向けて扱ったこと自体がない。


だが、美景は小さく首を振った。


「繊細じゃなくていいわ」


視線は異形に向いたままだ。


「むしろ逆」


その一言で、空も美景の意図に気づく。


「……無理やり、回しきるのか」

「ええ」


異形がまた、床を蹴って突っ込んでくる。


その前脚を美景の氷が受け止め、滑らせる。

完全には止まらないが、体勢が崩れる。


空が口元を歪める。


「春日部さんに怒られそうだ」

「多分すごく怒られるわね」


そのやり取りすら、今は妙に噛み合っていた。


美景が一気に冷気を放つ。


「”氷華(アイシクル)”――氷牢(ひょうろう)!」


これまでより分厚い氷が、異形の四肢と胴体を一気に拘束する。

トンネルの床と壁にまで氷が広がり、巨大な異形をその場へ縫い止めた。


異形が咆哮する。

筋肉が膨れ、氷に亀裂が走る。


長くは保たない。


「蒼月くん!」


「あぁ!」


空は一直線に踏み込んだ。


胸の奥が焼ける。

いくつもの”感覚(センス)”を短時間で使い続けた反動が、じわじわと全身を蝕んでいた。

それでも、今しかない。


「”模倣(デッドコピー)”――”活性(リジェネレート)”」


瞬間、熱が走る。


春日部のそれとは全く違う。

優しさも、繊細さもない。

ただ、対象の内側を無理やり回し続けるだけの乱暴な力。


空は拘束された異形の肉へ、直接手を叩き込んだ。


「……いけ」


その声とともに、”活性(リジェネレート)”が流れ込む。


異形の身体がびくりと跳ねた。


最初は何も変わらないように見えた。

だが、次の瞬間には明らかだった。


傷が塞がる。

だけではない。


塞がった肉が、さらに盛り上がる。

裂けた箇所の周囲が異常に膨れ、筋肉のような白い塊が制御を失って膨張し始める。


「……っ!?」


空が手を離して飛び退く。


異形自身も異変に気づいたのか、暴れるように咆哮した。

だが遅い。


暴走した再生が、今度は異形の身体そのものを食い潰し始める。

肉が膨れ、裂け、さらに塞がり、また膨れる。

収まりどころを失った修復が、破壊と再生を繰り返していた。


「やっぱり、そうなるわよね」


美景が冷静に呟く。


氷の拘束を維持したまま、一歩も引かず異形を見据えている。


異形は数度、狂ったように身を捩った。

そして次の瞬間、全身が内側から弾けるように崩れ落ちた。


白い肉塊が床へ飛び散る。

そのどれもが、もう元の形を保っていない。


しばらくの間、トンネルの中には荒い残響だけが残った。


やがて、美景がゆっくりと氷を解く。


「……討伐確認」

「ああ」


空も息を整えながら答える。


床一面に散った肉塊は、もう再生の気配を見せない。

完全に沈黙していた。


空は小さく息を吐いた。


「”活性(リジェネレート)”って、ああいう使い方もできるんだな」

「春日部隊長には逆らえないわね」

「それは間違いないな」


そう返すと、美景がほんの少しだけ口元を和らげた。


その表情を見て、空も肩の力を抜く。


今の戦いで、迷いはなかった。

美景は止まらず、空も焦らなかった。

きちんと見て、きちんと合わせて、二人で勝った。


先へ進むための一歩としては、十分すぎる勝利だった。


更新の励みになりますので、ぜひ感想・評価・ブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ