3話 制御
訓練室の空気が、ぴんと張る。
次の瞬間、至る所から標的の破片が飛んできた。
猫屋の糸が繋がったそれらは、ただ宙を舞っているわけではない。
弾丸みたいな速度で、一直線に空へ迫る。
「っ……!」
空は反射的に身を捻る。
頬のすぐ横を、破片が掠める。
一つ避けても、次が来る。左から、右から、前から。破片の軌道は細かく変わり、訓練室のあらゆる位置から殺到してくる。
間一髪で躱してはいる。
だが、それだけだ。
「ほらほら、避けるだけじゃあっという間に蜂の巣だよ」
猫屋の声は相変わらず軽い。
壁際に立ったまま、指先だけで破片の群れを操っている。
空は次の一発を身を沈めてかわしながら、内心で毒づいた。
――この人、ほんとに俺のこと殺す気なんじゃないだろうか。
冗談みたいな顔をしているくせに、飛んでくる破片は冗談じゃ済まない速度だった。
一発まともに食らえば普通に痛いし、目や喉に入れば洒落にならない。
だが文句を言っている余裕はない。
高速で迫り来る小さな破片。
一つ一つを見て捌いている暇などない。
避けるだけでは追いつかない。
纏めて防げる必要がある。
空は荒い呼吸のまま、次の破片の波を見据える。
「っ! ”模倣”――”護円”!」
薄い光が広がる。
星馬の”感覚”。
守りの半円が空の前へ展開され、飛来した破片をまとめて受け止めた。
乾いた音が連続して鳴る。
破片が護円の表面で弾かれ、散っていく。
空はわずかに息を吐く。
間に合った。
「うん、いいね」
猫屋が楽しそうに言う。
「まずは第一段階はオッケーだ」
その直後、また指先が動く。
さっきまでより明らかに多い。
激しさを増した破片の群れが、角度を変えながら”護円”へ叩きつけられる。
「でも守ってるばかりじゃジリ貧だよ」
”護円”が軋む。
空は歯を食いしばった。
「……分かってます!!」
声を張り上げながら、空は必死に次の一手を考える。
守るだけでは削られる。
いずれ押し切られる。
なら、攻めるしかない。
問題は、あの速度だ。
猫屋の指先が動くより早く、あるいは同等の速さで間合いへ入らなければ意味がない。
空の頭に浮かんだ方法は、一つしかなかった。
猫屋が合宿所で見せた、高速移動。
糸を使って空間を引き裂くように駆けるあの動き。
いまの自分で再現するとしたら、あれしかない。
「”模倣”」
護円が解ける。
一瞬、破片の軌道がむき出しになる。
「”操糸”」
胸の奥が焼けるように熱を持つ。
それでも空は止まらない。
視線を猫屋へ定め、腕を振る。
「伸速!」
糸が走る。
次の瞬間、空の身体が前へ引き抜かれた。
速い。
景色が一気に流れる。
訓練室の床も、壁も、破片も、全部が横へ滑っていく。
速度だけなら十分だった。猫屋のいた場所まで、一瞬で届く。
だが。
その速度を、制御できるかはまた別の話だった。
「……っ!」
引かれすぎる。
踏ん張りが利かない。
着地点がずれる。
体勢を直す暇もなく、空の身体はそのまま訓練室の壁へ叩き込まれた。
ドォン
と鈍い音が響く。
空の背中と肩に、まとまった衝撃が走った。
「……かっ、は」
肺の空気が抜ける。
そのまま床へ崩れ落ちそうになるのを、辛うじて片手で支えた。
「ありゃりゃ」
猫屋の声がして、破片の動きが止まる。
さっきまで攻撃を飛ばしていた男が、今度は普通にこちらへ駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
空は壁にもたれたまま、すぐには答えられなかった。
痛い。
普通に痛い。
けれど、それ以上に、自分でも分かっていた。
今の失敗は、速度が足りなかったわけじゃない。
速さは出た。
問題は、その速さの先にある身体の使い方だった。
空は顔をしかめながら、小さく息を吐く。
「……一応」
「ほんとに?」
猫屋が覗き込む。
「顔、全然大丈夫そうじゃないけど」
「……うるさいです」
そう返すのがやっとだった。




