エピローグ
その後、部員たちは一応救急隊へ引き渡された。
蜃気楼の空間が崩れたことで、林道や合宿所の位置関係も元に戻り、外で待機していたVEC隊員や救急隊がすぐに合流してきた。
軽傷者は何人かいたが、深刻な怪我をしている者はいない。星馬も消耗はしていたものの、自力で立てる程度には無事だった。
最初に行方不明になっていた顧問の教師については、そもそも蜃気楼の空間の外にいたらしい。
合宿所へ着いた直後、何かの拍子で生徒たちとはぐれ、そのまま異変の外側に取り残されていたようで、後から合流した時にはひどく狼狽していた。
なにはともあれ。
重傷者も死者もいない。
救助は間に合った。
高位種も討伐された。
無事に、ハッピーエンド。
その時の空は、そう思っていた。
◇
「あの英雄猫屋と一緒に戦ってたって」
「異形に殴りかかったらしいぞ」
「鬼神みたいに無数の異形を殴り殺したって聞いたぞ」
後日。
学校へ戻ると、事件の話はとっくに広まっていた。
空がVEC所属であることも、あの日の合宿所で何があったのかも、どこから漏れたのかは分からない。
ただ、広まった情報には当然のように尾ひれがついていた。
猫屋と共闘した。
異形を何体も倒した。
高位種のいる空間で平然と戦っていた。
事実の一部だけを掬い上げて、都合よく膨らませた噂ばかりだった。
今まで空を無感覚者として貶めていた人間たちに、そんな話が回ればどうなるか。
もちろん、答えは簡単だった。
空は、腫れ物扱いを受けていた。
廊下ですれ違えば視線だけが向く。
教室でも、今までみたいな陰口は明らかに減った。というより、聞こえる場所では誰も言わなくなった。
あれだけ率先して空を嘲笑していた男子たちも、今はすっかり大人しい。
なんなら、少しだけ空を畏れているようにすら見える。
空からすれば、ほとんど猫屋がやったことだった。
自分がやったのは、せいぜい分身体を相手に少し時間を稼いだくらいだ。
それだって猫屋が本体を討伐してくれたから成立しただけで、自分ひとりでどうにかできたことではない。
なのに周囲は勝手に何かを想像し、勝手に距離を変える。
「……結局、たいして変わらないな」
小さく嘆息が漏れた。
以前は蔑まれた。
今は畏れられている。
方向が変わっただけで、結局まともに見られていないことには変わりない。
そんなことを思っていた、その時だった。
「蒼月!」
明るい声が飛ぶ。
顔を上げると、星馬がいつもの調子でこちらへ歩いてきていた。
周囲の空気を気にした様子もなく、真っ直ぐに。
「あの時は本当にありがとうな!!」
教室の中で、少し大きすぎるくらいの声だった。
視線が集まる。
けれど星馬は気にしていない。
「本当に蒼月が来てくれなかったらどうなってたか」
その目は、驚くくらいまっすぐだった。
打算も、畏れも、腫れ物に触るような気遣いもない。ただ純粋に感謝している、それだけの顔だった。
そこでようやく、空は気づく。
星馬だけは、今も前も、自分を見る目が変わっていない。
事件の前も、変に踏み込みすぎず、それでいて普通に話しかけてきた。
事件の後も、周囲みたいに距離を取らない。
ただ、蒼月空として見ている。
それが妙に、胸の奥へ落ちた。
空は少しだけ視線を逸らし、それから短く言った。
「……空、でいいよ星馬」
一瞬、星馬が止まる。
「……!」
目を見開いて、それからぱっと表情を明るくした。
「あぁ! 改めてありがとうな、空!!」
その返事があまりにも真っ直ぐで、空は少しだけ肩の力を抜く。
教室の空気は相変わらずだった。
視線もある。噂も消えないだろう。
たぶん明日からも、急に全部が楽になるわけじゃない。
それでも。
少なくとも一人だけは、変わらずここにいた。
その事実だけで、今は十分だった
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二章完結となります。
引き続き当作品をよろしくお願いいたします。




