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10話 覚悟

「僕が本体を見つけて叩く」


猫屋はいつもの軽い調子のまま言った。


「蒼月くんは、その間みんなを守ってて欲しいんだ」


その言葉が落ちた瞬間、部員たちの間に走った空気の変化は、空にもはっきり分かった。


緊張。

いや、それだけじゃない。


不安と、不満。


そりゃあそうだ、と空は思う。

目の前で異形を一瞬で片づけた男が離れ、代わりに残るのが自分なのだから。しかも、部員の中には日頃から自分を馬鹿にしていた連中まで混じっている。


空は小さく息を吐いた。


「……分かりました」


猫屋が満足そうに頷く。


「助かる」


それだけ言ってから、部員たちの方へ向き直る。


「なるべく早く片付けてくる」


軽い言い方だった。

だが、その声音には妙な安心感があった。


猫屋が指先をわずかに動かす。


伸速(しんそく)


次の瞬間、その身体がぶれた。


いや、ぶれたように見えただけだ。

細い糸が闇の中へ伸びたかと思うと、猫屋の姿が一気に前方へ引かれるように消える。木々の隙間を縫うように、信じられない速度で暗闇の奥へ走り去っていった。


一瞬だった。


後に残ったのは、沈んだ空気だけだ。


「……は?」


誰かが呟く。


それを皮切りに、部員たちの間に押し殺していたものが一気に滲み出した。


「ちょ、ちょっと待てよ」

「マジで行ったぞ……」

「俺たち置いて?」


声がざわつく。


空は黙ったまま、周囲を見渡す。

すぐまた異形が現れてもおかしくない。そう思う一方で、背後から突き刺さるような視線も嫌でも分かった。


その中の一人が、あからさまに顔をしかめる。


さっき教室でも空に絡んでいた男子だった。


「……本当に守ってくれるんだろうな」


低い声だった。

確認というより、責める響きの方が強い。


別の男子も苛立ったように言う。


「つーか、お前に何ができるんだよ」


その一言で、他の数人の視線も空へ集まる。


「さっきだって、殴っただけじゃん」

「結局あの人が倒したんだろ」

無感覚者(ナンセンス)なのに、どうするつもりだよ」


空は反射的に拳を握った。


胸の奥がじわりと熱くなる。

聞き慣れた言葉だ。散々言われてきた。今さらそれ自体に傷つくほどでもない。


けれど、今この場で言われると、別の重さがあった。


異形が出る。

猫屋はいない。

守る役は自分だけ。


そういう状況で突きつけられる「お前に何ができる」は、ただの悪口じゃない。

こいつらは、本気で不安なのだ。


星馬がその空気を見かねたように口を開く。


「おい、やめろって」


だが、空はその前に一歩前へ出た。


「別に、信用しなくていい」


自分でも驚くくらい、声は静かだった。


部員たちのざわめきが少し止まる。


空は真正面から相手を見る。


「でも、守ってみせる」


短い言葉だった。


それ以上言うことも、言い訳することもなかった。

今さらどんな言葉を並べても、こいつらが安心するとは思えない。

だったら、あとはやるしかない。


教室で何を言われようがどうでもよかった。

けれど今ここで誰かが死ぬのは、自分を許せなくなる。


空は視線を外し、周囲の暗がりへ意識を向ける。


まだ静かだ。

だが、この静けさが長く続くとは思えなかった。


夜長(よなが)


「……あ、ああ」


突然名前を呼ばれ、星馬が少しだけ目を瞬く。


「お前の”護円(ラウンド)”、まだ出せるか」


星馬は一拍置いてから頷いた。


「長くは無理だけど、出すだけなら」


「十分だ」


空は短く返す。


それから他の部員たちへ向き直る。


「次が来たら、固まるな。動けって言ったら動いてくれ。”護円(ラウンド)”の中に入れって言ったらすぐに入って欲しい」


言いながら、自分でも少し可笑しくなる。

ついこの前まで、自分はそういう側じゃなかったはずなのに。


だが、今はそんなことを言っている場合でもなかった。


「……何でお前が指示してんだよ」


まだ食い下がるような声が飛ぶ。

けれどさっきまでほど強くはない。


その時だった。


闇の奥で、また何かが揺れた。


白い影が、木々の間に滲む。


一体。

二体。

三体。


分身体だとしても、脅威であることに変わりはない。


空は息を整え、肩の力を抜くようにしながら前へ出た。


さっきみたいに、何もできないままのわけにはいかない。


猫屋が戻るまでの間。

ここは自分が持たせるしかないのだと、空は改めて腹の底で理解した。


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