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5話 午後

初任務は、それで何事もなく終わった。


下位種(ベース)一体の討伐。

逃げ遅れていた作業員の救助。

それだけと言えばそれだけだったが、空にとっては思っていた以上に得るものの多い任務だった。


異形を倒して終わりではない。

むしろ、その後に何を優先するかの方が重要な場面もある。


頭では分かったつもりでも、実際に現場で見ると重さが違った。

美景の動きは戦闘だけでなく、救助対応まで含めて無駄がなかった。自分がまだ何も知らない側にいることを、嫌というほど思い知らされた気もする。


けれど、それを引きずるほど深刻な任務でもなかった。


昼前に出て、終わったのは昼過ぎ。

報告まで済ませても、まだ午後の授業には間に合う時間だった。


「午後から学校に戻るのか?」


本部の出口で空がそう聞くと、美景は当然のように頷いた。


「行けるなら行くわ。まだ平日だもの」


「……そういうもんか」


「そういうものよ」


あまりにもいつも通りの返答だった。


ついさっきまで異形を相手にしていたとは思えない調子に、空は少しだけ肩の力を抜く。だが、美景にしてみればそれが普通なのだろう。任務が終わったから学校へ戻る。ただそれだけの話だ。


空も結局、そのまま一緒に学校へ向かった。



午後の校舎は、昼休み終了間際の少し気だるい空気に包まれていた。

廊下には急ぎめに教室へ戻る生徒もちらほら残っていて、購買の袋を提げたまま急ぎ足で走る者もいる。どこにでもある学校の午後の風景だった。


ただ、その中を美景と並んで歩いているというだけで、周囲の視線は少しだけ変わる。


「……あれ、白雪さん?」

「今来たのか」

「隣、蒼月じゃね?」


そんな声が小さく聞こえた。


空は聞こえないふりをして歩く。

美景もまた、特に気にした様子はない。背筋を伸ばしたまま、いつもの速度で前を行く。その隣に空がいるという構図だけが、余計に目立っているのだろう。


教室に入る直前、案の定というべきか、数人の男子がこちらを見ていた。


その中には、前から空に絡んでいた顔も混じっている。

露骨な敵意ではない。けれど、面白くなさそうな色は隠していない。


「……何だよ、また一緒かよ」


一人が机に寄りかかりながら言った。


「白雪さんとずいぶん仲いいんだな、蒼月」


軽い口調だった。

だがその奥にあるものは、この前絡まれた時と変わらない。


空は足を止めない。


「別に」


短く返して、そのまま自分の席へ向かおうとする。


だが、相手はそれで終わる気はないらしい。


「別に、ねえ」


くす、と後ろで笑いが漏れる。


「最近ちょっと調子乗ってない?」

「前はそんな感じじゃなかったのに」


その言い方に、空は小さく息を吐いた。


教室の空気が、ほんの少しだけ濁る。

直接的な悪意というほどではない。けれど、その一歩手前には十分にいる。


そのときだった。


「おーい」


場の端から、軽い声が割って入る。


「昼一から元気だな、お前ら」


教室の後方から歩いてきたのは、夜長(よなが) 星馬(せいま)だった。

相変わらずどこか気の抜けた笑みを浮かべていて、緊張感というものを少しだけ削いでしまうような空気がある。


「……何だよ」


絡んでいた男子の一人が眉をひそめる。


星馬は肩をすくめた。


「何だよって、チャイム鳴るぞって話」


「は?」


「あと、そんなとこで固まってたら邪魔じゃね?」


軽い。


露骨に庇うわけではない。

でも、そのまま続けるには少し間の悪い空気を作る。


「ほら、先生来たらまた面倒だろ」


「ちっ」


小さく舌打ちしながらも、結局その場は崩れる。

数人の男子はそれぞれ席へ戻っていった。


何事もなかった、とは言わない。

けれど、少なくともそれ以上広がることはなかった。


星馬はその背中を見送ってから、空の方へ顔を向ける。


「災難だな」


「……別に」


空が短く返すと、星馬は「またそれか」と小さく笑った。


そのまま、流れるように空の近くまで来る。


「ていうか、お前昼からなんだ」


「まあな」


「白雪さんも?」


その問いに、美景が小さく頷く。


「ええ。少し用事があったから」


嘘ではないが、説明にもなっていない返答だった。

けれど星馬は特に突っ込まない。


「そっか」


それだけ言って、あっさり引いた。

その距離感が妙に自然だった。


美景はそのまま自分の席へ向かう。

空も鞄を置いて席に座ると、星馬が斜め前の席へ体を向けてきた。


「そういえばさ」


気の抜けた調子のまま、星馬が口を開く。


「うちのサッカー部、近々合宿なんだよ」


空は特に興味もなく顔を上げる。


「へえ」


「反応うっす」


「いや、別にサッカー部事情とか知らねえし」


「それはそうだけどさ」


星馬は笑う。


その軽さに、空もそれ以上は突き放さなかった。


「どこ行くんだよ」


「ちょっと郊外の方。ほら、前に林間とかでも使ってた合宿所あるだろ? あの辺」


星馬は机の端に指で適当な形を描くようにしながら続ける。


「金曜から二泊三日。めんどいけど、まあ毎年そんなもん」


「ふーん」


空の返事は相変わらず薄い。

だが星馬は気にせず続けた。


「しかもさっきの連中も一緒なんだよ」


「……ああ」


それで少しだけ話が繋がる。


「正直、そこが一番だるい。合宿ってだけでも面倒なのに、ああいうのまで一緒だと余計にな」


星馬は肩をすくめる。


「別に仲悪いってほどでもないんだけど、うるさいんだよな。空気が」


その言い方は、悪口というより事実確認に近かった。

だからこそ、余計に実感がある。


「まあ、蒼月が1番迷惑してると思うが」


「まぁ...な」


「だろ?」


星馬は苦笑する。


「二泊三日、ずっとあれだと思うとちょっと気が重い」


「なら行かなきゃいいじゃねえか」


空が適当に言うと、星馬は「それができたら苦労しないって」と笑った。


「部活ってそういうもんだし。抜けると後で余計面倒なんだよ」


「大変だな」


「他人事だなあ」


「他人事だしな」


空がそう返すと、星馬は少しだけ吹き出した。


「それもそうか」


教室の中では、すでに午後の授業の準備が始まっていた。

教科書を出す音。椅子を引く音。誰かの小さな笑い声。さっきまでの空気も、今はもう薄く散っている。


星馬はそのざわめきの中で、ふと思い出したように付け加えた。


「あ、場所ちゃんと覚えてないなら送っとこうか?」


「別にいらねえよ」


「冗談だよ」


星馬は笑いながら端末を軽く振る。


「でも蒼月の連絡先は欲しいな。蒼月も俺の連絡先欲しくてたまらないだろ?」


「なら余計いらないな」


「冷たいなあ」


そう言いながらも、星馬は楽しそうだった。


結局、無理矢理な流れで星馬と連絡先を交換する羽目になった。


チャイムが鳴る。


星馬は「あー、始まる」と言いながら前を向いた。

空も机の中から教科書を引き出す。


日常は、何事もなかったかのように続いていく。


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