表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/40

4話 初任務

昼前、空は美景と並んで本部の廊下を歩いていた。


隊室を出てから、会話らしい会話はない。

美景は片手の端末で任務情報を確認し、空はその半歩後ろをついて歩いている。気まずいというほどではないが、気楽でもない。初任務へ向かうという事実だけが、じわじわと意識の隅に居座っていた。


やがて、美景が足を止める。


「ここでいいわ」


壁際の端末に手をかざし、画面を開く。

空も隣へ立ち、そこへ視線を向けた。


「今回の任務は、市街地近郊の下位種(ベース)案件。通報は三十分前。住宅街の外れにある空き倉庫周辺で異形反応が確認された」


表示された地図には、赤い点と簡易の封鎖ラインが引かれていた。

町外れ。工場と倉庫が並ぶ区域らしい。人通りは多くなさそうだが、完全に無人というわけでもない。


「住民は?」


「周辺住民には初動で避難指示が出てる。ただ、まだ確認しきれていない建物があるの。だから私たちが入る」


頷く空に、美景は続ける。


「今回の主目的は二つ。異形の排除と、逃げ遅れた人の確認。下位種(ベース)案件だからって、雑に動いていい理由にはならないわ」


言いながら、美景は画面を切り替える。

地図の横に、現場の写真と簡単な概要が表示された。


「現場には先行して封鎖班が入ってる。でも内部確認まではしていない。戦闘要員の到着待ち」


「戦闘要員って、俺たち2人か」


「今回はそう」


美景は平然と答える。


「軽度案件だから。Bランク一人と同行補助で十分だと判断されたんでしょうね」


その言い方に見栄も気負いもない。

ただ、そう割り振られたからそうするだけ、という声音だった。


「蒼月くん」


「ん?」


「あなたの役割を確認するわ」


空は小さく息を整える。

ここからが本題だった。


「今回は、私が前に出る。あなたは基本的に私の後ろ。勝手に戦闘へ割り込まない。独断で建物に入らない。逃げ遅れが見つかった場合は、まず報告。その上で指示を待つ」


「……分かった」


美景は空をじっと見た。

確認するような視線だった。


「ならいい」


そこで端末を閉じる。


「移動するわ」


本部の外に出ると、昼前の光がまぶしかった。


空は無意識に制服の襟元へ触れる。まだ慣れない感触が、逆にこれから何かが始まることだけを強く意識させた。


二人はそのまま現場へ向かって歩き出す。


本部から現場までは、徒歩で十分届く距離らしかった。

市街地を抜けていく途中、すれ違う職員も、行き交う車も、どこか普通だった。異形案件へ向かっている最中だというのに、見える景色だけなら学校帰りと大して変わらない。


「なんか」


空がぼそりと呟く。


「思ってたより普通だな」


「何が?」


「任務前って、もっとこう……ピリついてるのかと思ってた」


そう言うと、美景はほんの少しだけ目を細めた。


「毎回そんなだったら疲れるわ」


「それもそうか」


「緊張はしてる。でも、構えすぎるのも良くないわ」


そう返され、空は少しだけ気が抜けた。


たしかに、今にも世界が終わりそうな顔で住宅街を歩いていたら、それはそれで変だ。

初任務だ何だと構えていたのは、むしろ自分の方かもしれない。



少し歩くと、周囲の景色が変わってくる。

住宅街が途切れ、倉庫と工場が並ぶ殺風景な道へ入った。昼だというのに人影はまばらで、風の音ばかりが耳につく。


前方に、黄色い封鎖テープが見えた。


道路脇にはVECの車両が二台停まっており、簡易装備の隊員が周囲を警戒している。美景の姿を認めた一人が、すぐにこちらへ歩いてきた。


「白雪隊員」


「現状はいかがですか?」


「異形反応は倉庫群の奥。確認は一体。ただ、内部未確認の建物が三棟あります。一般人の取り残しについては未確定です」


「反応の場所に変わりはありませんか?」


「微小。大きくは動いていません」


「了解です」


美景は短く頷いた。


報告は簡潔だった。

無駄がない。


そのやり取りを横で聞いていた空は、改めて現場の空気を実感する。誰も慌てていない。だが緩んでもいない。全員が必要なことだけを言って動いている。


美景が空を振り返る。


「行くわよ」


「……ああ」


封鎖線をくぐった瞬間、少しだけ空気が変わった気がした。


倉庫街の通路を進む。

左右に並ぶ建物はどれも似たような形で、錆びたシャッターとコンクリートの壁ばかりが続く。昼の光は差しているのに、人がいないだけで妙に静かだった。


「……いる」


美景が小さく呟く。


その声に、空の肩がわずかに強張る。


前方。倉庫の陰。

白いものが、ゆっくりと現れた。


人の形をしているようで、していない。

捻じれた四肢。歪んだ輪郭。下位種(ベース)だと分かっていても、実際に目の前へ現れると、それだけで嫌な圧がある。


異形は二人を見つけると、躊躇いなくこちらへ向き直った。


「下がって」


美景の声は鋭かった。


その直後、彼女の手が振られる。


「”氷華(アイシクル)”」


空気が一気に冷える。


地面を走るように広がった氷が、異形の足元を瞬時に凍りつかせた。動きが止まる。その一瞬で、美景はさらに踏み込む。


氷柱が床から突き上がり、異形の胴を貫く。


わずか数秒だった。


異形は軋むような音を漏らし、そのまま砕けるように崩れ落ちる。


空は息を止めたまま、その一連を見ていた。


早い。

昨日の教室やショッピングモールでも見たはずなのに、こうして間近で見るとまた違う。迷いがない。無駄がない。最初から終わりまでの流れが、完全に一つの手順になっている。


「……もう終わりか」


「一体ならこんなものよ」


美景は周囲への警戒を解かないまま答える。


「問題はここから」


そう言って、視線を奥へ向けた。


「まだ内部確認が残ってる。逃げ遅れた人がいたら、救助する」


空も周囲へ目を走らせる。


倒した。それで終わりではない。

むしろ、ここからなのだと分かる。


美景は一番手前の倉庫の前で足を止めた。

シャッターは半分開いたままになっている。中は薄暗く、奥まで見通せない。


「私が先に入る」


短く告げる。

そのまま倉庫の中へ踏み込んでいく。


空も続いた。


中は埃っぽく、薄暗かった。

木箱や資材が積まれ、奥の方には事務スペースのような仕切りも見える。人の気配はない。


だが、完全な無ではなかった。


「……止まって」


美景が足を止め、呟く。


「音がする」


二人とも息を潜める。

すると、奥の仕切りの向こうから、かすかな物音がした。何かが倒れたような音。人為的な、だが弱い気配。


美景がすぐに表情を変える。


「人かもしれない」


そう言って、今度は異形の時とは違う速さで動いた。


仕切りの奥にいたのは、中年の男だった。

作業服姿で、床にもたれ込むように座っている。顔色が悪いが、意識はあるらしい。こちらに気づくと、怯えたように肩を震わせた。


「動かないでください」


美景がまず声をかける。


「VECの白雪です。救助にまいりました。」


その声音は、さっき異形へ向けていたものとは全く違っていた。

落ち着かせるための、低く静かな声だった。


男は何か言おうとしたが、うまく言葉にならないらしい。


空はその様子を見ていた。


異形を倒す時の迷いのなさとは別の意味で、美景には無駄がなかった。相手を刺激しない距離。目線。声の強さ。全部が自然に整っている。


「蒼月くん」


呼ばれ、空は顔を上げる。


「外の隊員を呼んで。担架を」


「……ああ」


すぐに返して外へ向かう。


走りながら、頭の奥が少しだけ熱くなるのを感じていた。


これが任務なのだ。

倒して終わりではない。

その後にやるべきことが、ちゃんとある。


空の頭にショッピングモールでの出来事がよぎる。


外の隊員へ状況を伝え、再び倉庫へ戻る。

その間にも、美景は男の状態を確認し、落ち着かせながら必要な情報だけを引き出していた。


隊員たちに引き渡しが終わる頃には、空は自分でもはっきり分かるほど黙っていた。


「……何」


美景がこちらを見る。


「いや」


空は言葉を探す。


「勉強になった」


美景は一瞬だけ目を細めた。


「何が?」


「白雪の手際」


短く答える。


「ショッピングモールの時の俺は、異形を倒して気絶しちゃったからな」


すると美景は、ほんの少しだけ肩の力を抜いたように見えた。


「あれを自分がやったとついに認めるのね」


「あっ...」


空の表情が露骨に変わる。


「ふふっ。あの時の蒼月くんはVEC隊員じゃなかったわ。それに、私の命を救ってくれたのは間違いなくあなたよ」


「本当にありがとう」


見慣れない美景の笑顔を見て、空は一時的に固まった。


美景はそのことに気付かないまま、倉庫の出口へ視線を向ける。


「敵わないな...」


思わず空の口からこぼれたそれは、美景の手際の良さに対してか、それとも美景のあまりにも純粋な感謝の言葉に対してなのか。


空はわからないまま顔を赤くするが、決して悪い気分ではなかった。


更新の励みになりますので、ぜひ感想・評価・ブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ