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1話 VEC

投稿遅れ申し訳ありません。


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ぜひよろしくお願いします。

二着目のVEC(ベック)制服は、まだ少しだけ身体に馴染まなかった。


昨日の模擬戦で傷んだ一着目とは違い、今着ているそれには傷一つない。洗い替えとして支給された、ただそれだけのもののはずなのに、空には妙に重く感じられた。


制服を着ている、というより。

VECにいる自分を、こうして目で見せつけられているような感覚だった。


空は小さく息を吐く。


目の前の扉には、猫屋隊隊室のプレートがある。

学校の教室とも、病院の病室とも違う。二日前まで自分と無縁だった場所。そのはずなのに、もうここへ来る理由がある。


軽くノックをして、扉を開けた。


「お、来たね」


最初に声をかけてきたのは猫屋だった。


奥の机に腰掛けるようにして座り、相変わらず気の抜けた笑みを浮かべている。二日前、半ば強引にここへ連れてこられ、総監室へ通された時もこんな調子だった。昨日、演習場で見せたものを知らなければ、とてもSランク隊員には見えない顔だった。


その少し手前には、美景(みかげ)が立っている。

手元の端末に目を落としていたが、空が入ってきた気配で顔を上げた。


「おはよう」


「……おはよう」


短く返す。


さらに窓際には功刀がいた。腕を組み、壁に寄りかかるように立っている。こちらを見たのは一瞬だけだったが、それだけで歓迎されていないことくらいは伝わってきた。


「時間ぴったり。えらいえらい」


「……普通です」


「いやあ、新入りって緊張して無駄に早く来るか、逆に変に遅れるかのどっちかになりがちだからさ」


「自分はどっちでもないってだけです」


「うん、そういうとこ嫌いじゃないよ」


猫屋は楽しそうに笑う。

その軽さに、空は少しだけ眉をひそめた。


隊室の中は静かだった。

壁際の資料棚。並んだ端末。中央の机。必要なものだけを揃えたような、無駄のない空間。学校の教室みたいな雑多さはない。ただ、ここが戦うための場所なのだと分かる空気だけがある。


「立ったままもなんだし、座っていいよ」


猫屋に促され、空は空いている椅子へ腰を下ろした。


そのタイミングで、功刀が口を開く。


「制服だけはそれなりに見えるな」


開口一番それだった。


空は顔を上げる。


「それはどうも」


「中身が伴えばいいがな」


ぶっきらぼうな声音だった。

棘がある。だが昨日の模擬戦を思い出せば、今さらそれに腹を立てるほどの余裕もなかった。


「朝から厳しいなあ、功刀(くぬぎ)


「甘やかす理由がありません」


「まあ、それもそうか」


猫屋は特に気にした様子もなく頷く。


美景は二人のやり取りには口を挟まず、端末を操作していた指を止めた。視線だけを空へ向ける。


「今日は、基礎説明から入るって聞いてます」


「そ。昨日はいろいろ一気に詰め込みすぎたでしょ。入隊して、模擬戦もして。さすがに順番がおかしいから、今日は改めて整理しようかなって」


「整理、ですか」


「うん。VECのこと。隊員ランクのこと。異形の位階のこと。君がこれからどういう場所に立つのか、その辺」


空は黙って聞いていた。


知らないことが多いのは事実だ。

VECが異形対応組織であることくらいは知っている。学校でも何度も聞かされた。異形が現れたらVECへ通報しろ、自己判断で動くな、そういう類の話だ。


だが、それは外から見たVECでしかない。


中にいる人間が何を基準に動き、何を背負っているのかまでは知らない。


「まず概要は僕からね」


猫屋が机に頬杖をつく。


「VECは、正式名称はVoid Elimination Corps。まぁ簡単に言うと異形への対応を専門にする組織。討伐だけじゃなくて、避難誘導、救助、封鎖、調査、状況確認、現場維持、そういうのも全部ひっくるめてやってる」


「……倒すだけじゃないってことですか」


「うん。そこを勘違いしたまま入ってくる子、意外と多いんだよね」


猫屋は軽く言ったが、その内容は思っていたより重かった。


空は少しだけ視線を落とす。

正直、自分もそちら寄りだったのだと思う。異形と戦う組織。まず頭に浮かぶのは討伐だった。


「細かいところは私が説明します」


そう言って、美景が一歩前に出る。

猫屋は「じゃ、お願い」と軽く手を振った。


美景は手元の画面を確認してから、簡潔に口を開いた。


「VECでは、隊員ごとにSからCまでのランクが設定されているの」


抑えた声だった。

余計な装飾もない。事実を順に積み上げていくみたいな話し方だ。


「これは単純な強さの序列じゃない。どの任務に投入できるか、どこまで単独対応が可能か、何を任せられるか――その基準」


「基準……」


「ええ」


美景は頷く。


「たとえば高出力の”感覚(センス)”を持っていても、状況判断が未熟なら危険任務には出せない。逆に、突出した火力がなくても、救助や避難誘導、索敵や支援に優れた隊員なら、それに応じた任務がある」


空は黙って聞いていた。


理屈は分かる。

分かるが、今まで学校で見てきた”感覚(センス)”の扱われ方とは違っていた。学校では結局、派手で強いものほど目立つ。評価もされる。だがVECでは、それだけでは足りないらしい。


「現在の蒼月くんはCランク扱い」


美景は続ける。


「基礎任務、あるいは上位ランク隊員の同行補助。独断での深部対応は想定されていないわ」


功刀が横から淡々と言う。


「昨日の時点でそれが分からないなら、救いようもない」


空がそちらを見ると、功刀は腕を組んだまま視線を返してきた。


「……言い方」


呆れる猫屋に功刀は言葉を加える。


「事実です。ランクは見栄でも飾りでもない。死なないための線引きだ。自分がどこまでやれるかも知らずに踏み込めば、自分だけじゃなく他人まで巻き込む」


その口調に冗談はない。

空は昨日の模擬戦を思い出す。功刀の刃のような踏み込み。距離の読み。覚悟の差。あれを思えば、反論などできなかった。


美景が言葉を継ぐ。


「Bランクから、ある程度の単独対応が可能になる。任務の中心として動ける最低ラインと言っていい」


「……白雪は」


空が問う。


「Bなんだよな」


「ええ」


「前からか?」


「違う」


答えたのは功刀だった。


それまで壁際から動かなかった男が、少しだけ姿勢を起こす。


「白雪は元々Cランクだ。昨日付けでBに上がった」


空の眉がわずかに動く。


「昨日、ですか」


「ショッピングモールの件がそのまま反映されたから」


今度は美景が補足する。


「正式報告では、あの現場の主要対応者は私ということになっているの。だから昇格査定に反映されてしまった」


その言い方に装飾はなかったが、空には美景が不満気に感じられた。


空はほんの一瞬だけ黙る。


ショッピングモール。異形。美景の背中。自分が使った力。倒れた後のこと。表向きどう処理されたのかを深く考える余裕はなかったが、そうなるのはある意味当然だった。


空にとっては好都合だった。

自分の名が表に出ないことそのものを惜しいとは少しも思わなかった。むしろその方が面倒が少ないとまで感じていた。


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