翳る横顔と、頼りない僕
――side. 井神 凉――
お正月、初詣の最中に届いた突然の報せ。
茉依さんと悠希さんのおばあちゃんが倒れたという連絡に、僕たちは血の気を引かせた。
けれど、幸いなことに命に別状はなく、しばらく入院して様子を見ることになったらしい。
冬休みが明けて学校が始まっても、双子の二人はひどく落ち込んだままだった。僕も不器用ながらに声をかけ、なんとか寄り添おうと努めた。
その甲斐もあってか、一月の下旬頃には、茉依さんも悠希さんも少しずつ元の落ち着きを取り戻し、以前のような笑顔を見せてくれるようになっていた。
(……よかった。おばあちゃん、このまま良くなってくれるといいな)
僕が胸を撫で下ろしていた、そんな矢先のことだった。
双子が気を取り直していくのと反比例するように、今度は宮藤さんの様子がだんだんとおかしくなっていったのだ。
いつも冷静で、同級生の誰よりも大人びた雰囲気を持っている彼女の顔に、明らかに暗い翳りが落ちている。時折、宙を見つめて思い詰めたような顔をしていることもあった。
「宮藤さん。最近、顔色悪いけど……なにかあった?」
ある日の休み時間、僕はたまらず彼女に声をかけた。
宮藤さんは少し驚いたように肩を揺らした後、すぐにいつもの微笑みを作った。
「ううん、なんでもないの。ちょっと夜ふかししちゃって、寝不足なだけだから。気にしないで」
「……そう? ならいいけど、無理はしないでね」
「うん、ありがとう」
彼女がそう言うなら、深く踏み込むことはできなかった。
けれど、それから数日経っても、宮藤さんの顔から翳りが消えることはなかった。
そして、さらに数日後が経った放課後。
日直の仕事を終えて教室を出ようとした僕を、一人で残っていた宮藤さんが呼び止めた。
「ごめん、井神くん。……やっぱり、少しだけ、話を聞いてもらってもいいかな」
彼女の絞り出すような声は、いつもの理知的な宮藤さんとは思えないほど、弱々しく震えていた。
――
二人きりの帰り道。
宮藤さんは、誰にも言ったことがないという、彼女の家庭の事情を打ち明けてくれた。
本当のお父さんが他界し、小学校の終わり頃に母親が再婚したこと。
中学生になってから、その新しい"義父"が向けてくる視線や、距離の詰め方がどうしても気持ち悪くて受け入れられないこと。
それを母親に訴えても「考えすぎだ」と取り合ってもらえず、最近では口論ばかりしていること。
「……家に、帰りたくないの。私、どうしたらいいんだろう」
俯き、か細い声で呟く彼女を見て、僕は完全に言葉を失っていた。
両親が揃っていて、何の不満もない家庭で育った僕にとって、突然父親が変わることや、母親に信じてもらえないという家庭内の不和は、あまりにも重すぎる現実だった。
どう声をかければいいのか。中学生の僕に、大人の男から彼女を守る術なんてあるはずがない。
自分の無力さに歯痒さを覚えながら、必死に頭を回転させた。
(……僕じゃ、どうにもならない。大人の問題は、大人に頼るしかない)
その時、ふと思い出した。
今日は平日だが、朝から父さんが「有給消化しなきゃいけないんだよね」とぼやいて仕事を休んでいた。それに合わせて母さんも休みを取っていたから、今なら両親揃って家にいるはずだ。
特に母さんは、海外の企業を相手にアドバイザー的な仕事をしていると言っていたから、こういう大人の事情が絡む込み入った話を聞いて、整理するプロだ。
「……僕じゃ、どうしていいか分からないけど」
僕は立ち止まり、俯く宮藤さんの顔を覗き込んだ。
「今日、うちの両親が仕事休みで家にいるんだ。僕の親なら、何か大人の目線で解決策が分かるかもしれない。だから……」
少しだけ躊躇った後、僕は彼女に手を差し伸べるように言った。
「僕の家に、来てみる?」
それが、僕の家に宮藤玲茄という少女を招き入れる、すべての始まりだった。




