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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第九章 僕らが"普通"を捨てた日々
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翳る横顔と、頼りない僕

 ――side. 井神 凉――


 お正月、初詣の最中に届いた突然の報せ。

 茉依さんと悠希さんのおばあちゃんが倒れたという連絡に、僕たちは血の気を引かせた。

 けれど、幸いなことに命に別状はなく、しばらく入院して様子を見ることになったらしい。


 冬休みが明けて学校が始まっても、双子の二人はひどく落ち込んだままだった。僕も不器用ながらに声をかけ、なんとか寄り添おうと努めた。

 その甲斐もあってか、一月の下旬頃には、茉依さんも悠希さんも少しずつ元の落ち着きを取り戻し、以前のような笑顔を見せてくれるようになっていた。


(……よかった。おばあちゃん、このまま良くなってくれるといいな)


 僕が胸を撫で下ろしていた、そんな矢先のことだった。

 双子が気を取り直していくのと反比例するように、今度は宮藤さんの様子がだんだんとおかしくなっていったのだ。


 いつも冷静で、同級生の誰よりも大人びた雰囲気を持っている彼女の顔に、明らかに暗い(かげ)りが落ちている。時折、宙を見つめて思い詰めたような顔をしていることもあった。


「宮藤さん。最近、顔色悪いけど……なにかあった?」


 ある日の休み時間、僕はたまらず彼女に声をかけた。

 宮藤さんは少し驚いたように肩を揺らした後、すぐにいつもの微笑みを作った。


「ううん、なんでもないの。ちょっと夜ふかししちゃって、寝不足なだけだから。気にしないで」

「……そう? ならいいけど、無理はしないでね」

「うん、ありがとう」


 彼女がそう言うなら、深く踏み込むことはできなかった。

 けれど、それから数日経っても、宮藤さんの顔から翳りが消えることはなかった。


 そして、さらに数日後が経った放課後。

 日直の仕事を終えて教室を出ようとした僕を、一人で残っていた宮藤さんが呼び止めた。


「ごめん、井神くん。……やっぱり、少しだけ、話を聞いてもらってもいいかな」


 彼女の絞り出すような声は、いつもの理知的な宮藤さんとは思えないほど、弱々しく震えていた。



 ――


 二人きりの帰り道。

 宮藤さんは、誰にも言ったことがないという、彼女の家庭の事情を打ち明けてくれた。


 本当のお父さんが他界し、小学校の終わり頃に母親が再婚したこと。

 中学生になってから、その新しい"義父"が向けてくる視線や、距離の詰め方がどうしても気持ち悪くて受け入れられないこと。

 それを母親に訴えても「考えすぎだ」と取り合ってもらえず、最近では口論ばかりしていること。


「……家に、帰りたくないの。私、どうしたらいいんだろう」


 俯き、か細い声で呟く彼女を見て、僕は完全に言葉を失っていた。


 両親が揃っていて、何の不満もない家庭で育った僕にとって、突然父親が変わることや、母親に信じてもらえないという家庭内の不和は、あまりにも重すぎる現実だった。

 どう声をかければいいのか。中学生の僕に、大人の男から彼女を守る術なんてあるはずがない。

 自分の無力さに歯痒さを覚えながら、必死に頭を回転させた。


(……僕じゃ、どうにもならない。大人の問題は、大人に頼るしかない)


 その時、ふと思い出した。

 今日は平日だが、朝から父さんが「有給消化しなきゃいけないんだよね」とぼやいて仕事を休んでいた。それに合わせて母さんも休みを取っていたから、今なら両親揃って家にいるはずだ。

 特に母さんは、海外の企業を相手にアドバイザー的な仕事をしていると言っていたから、こういう大人の事情が絡む込み入った話を聞いて、整理するプロだ。


「……僕じゃ、どうしていいか分からないけど」

 僕は立ち止まり、俯く宮藤さんの顔を覗き込んだ。

「今日、うちの両親が仕事休みで家にいるんだ。僕の親なら、何か大人の目線で解決策が分かるかもしれない。だから……」


 少しだけ躊躇った後、僕は彼女に手を差し伸べるように言った。


「僕の家に、来てみる?」


 それが、僕の家に宮藤玲茄という少女を招き入れる、すべての始まりだった。

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