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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第九章 僕らが"普通"を捨てた日々
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残酷な形で訪れた"きっかけ"

 ――side. 宮藤 玲茄――


 お正月。冷たい風が吹く神社の参道は、初詣の参拝客でごった返していた。

 肩がぶつかりそうになる人混みの中、私は少し後ろから、三人の背中を静かに見つめていた。


 周囲からの「双子だ」という好奇の目に晒され、少しずつ俯きがちになっていく茉依ちゃん。

 それに気づき、苛立ちと歯痒さを隠せないでいる井神くん。


 そして――前から来た集団に押された茉依ちゃんの手を、井神くんが咄嗟に握りしめた。


「はぐれたら迷子になるから。……このまま、行こう」

「えっ……、井神、くん……?」


 不器用に前を向いたままの彼と、耳まで真っ赤にして戸惑う彼女。

 その光景を見た瞬間、私の胸の奥が、冷たい手でぎゅっと掴まれたように痛んだ。


 ――いいな。私も、あんな風に真っ直ぐに彼から特別扱いされたい。


 そんな、どうしようもない嫉妬心が胸に広がる。


 ふと視線を横に向けると、私の隣を歩く悠希ちゃんもまた、繋がれた二人の手を見つめていた。

 彼女の表情は、悲しいような、でも、どこか微笑んでいるような……ひどく痛切なものだった。

 姉の幸せを喜びたい気持ちと、自分の中にある恋心が行き場を失った悲しみ。


(……やっぱり、悠希ちゃんも井神くんのことが好きなのね)

 

 この複雑に絡み合った四人の矢印を、どうやって解けばいいのか、あるいはどうやって自分のものにすればいいのか、明確な答えなんて持っていなかった。

 ただ、この不安定で危うい関係が、そう長くは続かないことだけは、直感として理解していた。



 ――


 参拝を終え、私と井神くんはおみくじを引いた。


「やった。大吉だわ」

 私が引いた紙片には、良いことばかりが書かれていた。少しだけ心が軽くなり、思わず無邪気な声が出る。

「へえ、すごいな。僕は――」


 井神くんが自分のおみくじを開きかけた、その時だった。

 茉依ちゃんのスマホが鳴り響いた。


「あ、お母さんからだ。ごめんね、ちょっと出るね」


 電話に出た茉依ちゃんの表情から、一瞬にして血の気が引いていくのがわかった。

 おばあちゃんが倒れた。

 その知らせに、茉依ちゃんと悠希ちゃんはパニックに陥り、その場から動けなくなってしまった。


「僕が一緒に、家まで行く。歩けるか!?」


 激しく動揺する双子を前に、井神くんは即座に自分の身を挺して彼女たちを支えようとした。

 その顔は、ただの同級生に向けるものではなく、大切な人を何としても守ろうとする強い意志に満ちていた。


「今日はここで解散しましょう。……早く、行ってあげて」


 私は努めて冷静な声を出し、彼らを送り出した。

 ここで私がパニックになっても仕方がない。今は、少しでも早く彼女たちを帰してあげるのが最善だと思ったからだ。


「ごめん、宮藤さん!」


 井神くんは双子の肩を抱え、境内を駆け出していった。

 人混みに消えていく三人の背中を見送った後、私はふと、足元の石畳に目を落とした。


 そこには、小さく折りたたまれた紙片が落ちていた。

 先ほど、井神くんが落としていったおみくじだ。

 私はそれを拾い上げ、そっと開いた。


『凶』


 そこに記された黒い文字を見た瞬間。

 私の手に握られていた『大吉』との残酷な対比に、背筋をすっと冷たいものが撫でていった。


 身内が倒れたという報せがどれほど心を抉るものなのか、所詮は他人事である私には、彼女たちの絶望を正確に(おもんぱか)ることはできない。

 けれど、さっきまで彼らの間に流れていたあの甘酸っぱい空気は、もう二度と戻ってこないような気がした。


(……何かが、大きく動きそうね)


 私は『凶』の紙片を自分のコートのポケットにしまい込んだ。

 彼が背負うであろう重い運命の欠片を、私が預かっておくように。


 思考の海に深く沈みながら、私は一人、冷たい風の吹く道を自宅へと歩き出した。

 私が密かに待ち望んでいた"なにかのきっかけ"の始まりがこれだったのだと、本当の意味で理解するのは、もう少しだけ先のことになる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回更新は、5/2予定です。


本作を少しでも楽しんでいただけましたら、感想やブックマーク登録、評価などをいただけますと執筆の大きな励みになります。


引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!

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