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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第九章 僕らが"普通"を捨てた日々
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繋いだ手の温もりと、冷たい着信音

 ――side. 井神 凉――


 年が明け、身を切るような冷たい風が吹く正月。

 待ち合わせ場所は、近所のコンビニ前だった。


 僕が少し早めに到着して待っていると、やがて三人が揃って歩いてきた。

 宮藤さんは大人びたコートを着こなし、茉依さんと悠希さんは、色違いの可愛らしいマフラーを巻いている。


「あけましておめでとう、井神くん」

「……あけましておめでとう。今年もよろしく」


 新年の挨拶を交わし、僕たちは四人で、歩いて二十分ほどの場所にある神社へと向かった。

 正月ということもあり、神社へと続く参道は、想像以上の人混みだった。

 肩と肩がぶつかりそうになるほどの雑踏の中、僕たちははぐれないように身を寄せて歩く。


 ふと隣を見ると、茉依さんがすれ違う人たちに気圧され、少し俯きがちになっていた。

 周囲から時折聞こえる「あの子たち、双子かな」「そっくりだね」という無遠慮な声。

 その声を聞くたびに、茉依さんは僕から少し距離を取り、悠希さんの隣へ身を隠すようにして"大人しいお姉ちゃん"の仮面を被ろうとする。


(……やっぱり、嫌だな)


 僕は、強い苛立ちを感じていた。

 僕の前で見せてくれる、あの太陽のような茉依さんが、"見えない何か"によって消えてしまうのが、どうしようもなく嫌だった。


「っ、ごめんなさい……」


 前から来た集団に押され、茉依さんがふらりとバランスを崩した、その時だった。

 僕は考えるより先に、手を伸ばしていた。


「危ない」


 ぐっ、と。

 冷たくなっていた彼女の小さな右手を、僕の左手でしっかりと握りしめた。


「えっ……、井神、くん……?」

 驚いたように目を見開く茉依さんを、僕はそのまま自分の隣へと引き寄せた。


「はぐれたら迷子になるから。……このまま、行こう」


 顔から火が出るほど恥ずかしかったが、僕は誤魔化すように前を向いたまま、繋いだ手をさらに強く握った。

 数秒の戸惑いの後。

 僕の手の中にあった茉依さんの手が、きゅっと、小さな力で握り返してくるのがわかった。


 横目で盗み見ると、茉依さんはマフラーに顔を半分埋めながら、耳の先まで真っ赤にして俯いている。その表情は間違いなく、一人の女の子としての"生きた感情"に染まっていた。

 周囲の目なんて、もう気にしていないようだった。


(……よかった)


 じんわりと手のひらから伝わる体温に、胸の奥が温かくなる。

 けれどその時、ふと後ろを振り返った僕は、奇妙な違和感を覚えた。


 少し後ろを歩く宮藤さんが、いつもと変わらない静かな微笑みを浮かべて僕たちを見つめていた。……ただ、その笑顔がなぜか少しだけ、彫刻みたいに冷たく見えた気がした。

 そしてその隣を歩く悠希さんは、僕たちを見て……悲しいような、でも、どこか微笑んでいるような、ひどくアンバランスな顔をしていた。


 僕には、二人のその表情の本当の意味を理解することはできなかった。



 ――


 四人で参拝を済ませた後、僕たちは境内のおみくじ売り場へ向かった。


「私、こういうのなんだか怖いから……引かないでおくね。悠希もやめておく?」

「……はい。私も、やめておきます」

 茉依さんと悠希さんは遠慮して後ろに下がり、僕と宮藤さんだけがおみくじを引いた。


「やった。大吉だわ」

 宮藤さんが、珍しく無邪気な声を上げて喜ぶ。

「へえ、すごいな。僕は――」


 僕が自分の引いた紙片を開きかけた、その瞬間だった。


 ピロロロロロ……!

 境内の喧騒を切り裂くように、茉依さんのコートのポケットから、電子音が鳴り響いた。


「あ、お母さんからだ。ごめんね、ちょっと出るね」


 茉依さんが通話ボタンを押し、耳に当てる。

 そして――数秒後。彼女の顔から、すべての血の気が引いていくのがわかった。


「え……おばあ、ちゃんが……? 倒れた……?」


 その言葉に、悠希さんが弾かれたように顔を上げた。

「うん……すぐ、帰る……うん……わかった……」


 スマホを下ろした茉依さんの手は、ガタガタと震えていた。

 悠希さんも、顔面を蒼白にして、口をパクパクと動かしているが、声が出ていない。

 突然の知らせに、二人は完全にパニックに陥り、その場から一歩も動けなくなってしまった。


「茉依さん、悠希さん!」

 僕は引いたばかりのおみくじを無造作にポケットへねじ込もうとし――焦っていたせいで、紙片はそのまま地面へと滑り落ちた。だが、そんなものを拾っている余裕はなかった。


「僕が一緒に、家まで行く。歩けるか!?」

 僕が二人の肩を支えると、宮藤さんが静かな、落ち着いた声で言った。


「今日はここで解散しましょう。……早く、行ってあげて」


「ごめん、宮藤さん!」

 僕はそれだけ言い残し、泣き崩れそうになる二人を両脇から抱え込むようにして、神社の境内を駆け出した。


 あの日。

 人混みの中で繋いだ手のひらの温もりも、甘酸っぱい恋心の余韻も。


 たった一本の電話がもたらした冷たい現実の前に、呆気なく掻き消されてしまったのだ。

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