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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第九章 僕らが"普通"を捨てた日々
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ただ、きっかけを待っていた"私"

 ――side. 宮藤 玲茄――


 井神くんは、他の男子たちとは少し違っていた。


 五月に行われたグループ学習。私が、井神くんの提案に意見をした時。

 普通の男子なら「じゃあそれでいいよ」と面倒くさがって妥協するか、あるいは機嫌を損ねるかのどちらかだ。

 けれど、彼は違った。私の意見の正当性を冷静に認めた上で、「でも、僕はこっちがいいと思う」と、自分の思考を一切曲げずにぶつけてきた。


 その淀みない知性と、媚びない瞳。

 彼なら。もしかしたら、私のこの"息苦しい世界"を変えてくれるかもしれない。

 そう興味を持ったのは、間違いなく私の方が先だった。


 けれど――彼の瞳に映っていたのは、私ではなかった。


「あははっ! ちょっと井神くん、それ本当!?」

「本当だよ。僕のからあげにレモンをかけた父さんと、一ヶ月くらい口を聞かなかったんだ」

「井神くんって意外と頑固なんだね! 玲茄ちゃんもそう思うでしょ?」

「ふふっ、私は最初のグループ学習の時に頑固だなって思ってたわ」


 休み時間。私の隣で、明るく無邪気に笑う茉依ちゃん。

 彼女の笑顔を見つめる井神くんの横顔には、痛いほどの熱がこもっていた。

 彼が茉依ちゃんに向ける視線は、論理や理屈なんかじゃない。ただの、中学生の男の子が"恋"をした相手に向ける、不器用で真っ直ぐな好意。


 私に向かって微笑みかけてくる茉依ちゃんに「そうね」と優しく相槌を打ちながら。

 私の胸の奥底では、どす黒く、ひんやりとした泥のような感情が、音を立てて渦を巻いていた。


 ――嫉妬。


 どうして、私じゃないの。

 最初に彼を見つけたのは私なのに。彼の言葉の本当の意味を、一番正確に理解できるのは私なのに。

 どうして彼は、茉依ちゃんの前でだけ、あんなに柔らかい顔をするの。


 普通の中学生の女の子なら、この嫉妬心に耐えきれず、井神くんに告白して玉砕するか、感情のまま当たり散らすか、あるいは茉依ちゃんから彼を遠ざけようと画策したかもしれない。

 けれど、私はそんな見苦しい真似はしたくなかった。無理やり振り向かせたところで、彼の心に茉依ちゃんが残っているのなら、それは"本物"ではないからだ。


 そんなふつふつとした感情を表面には一切出さず、私がただ静かに微笑み続けていると、やがて私たちの関係に小さな"異物"が混ざり始めた。


「お姉ちゃん」


 隣の二組から、茉依ちゃんと全く同じ顔をした妹――悠希ちゃんが、頻繁に一組へ顔を出すようになったのだ。

 彼女が現れると、クラスの空気が変わる。双子という特異な存在への、無遠慮な好奇の目。

 それに晒された瞬間、茉依ちゃんから、井神くんの前でだけ見せる"太陽のような明るさ"がスッと消え失せ、殻に閉じこもるような"大人しい双子の姉"の顔に戻ってしまう。


 その様子を見て、井神くんがひどく苛立ち、歯痒さを募らせているのがわかった。

 そして私は、もう一つ、誰にも気づかれていない"決定的な事実"に気がついていた。


「井神くん、これ、余っちゃったのであげます」

「あ、ああ。ありがとう」

「……遠慮せず使ってくださいね」


 悠希ちゃんは、何かと理由をつけて井神くんに話しかけようとしている。


(……なるほど。そういうこと)


 私は、自分の内側で暴れ回る嫉妬心を無理やりに沈め、この状況を冷静に分析した。


 井神くんは、茉依ちゃんに好意を向けている。

 茉依ちゃんは、井神くんに心を開いているけれど、"自分だけ"の特別な感情を持つことに戸惑っていて、まだそれを恋心だと自覚しきれていない。


 茉依ちゃんを見つめる井神くんの瞳が"恋"なら。

 その井神くんを見つめる悠希ちゃんの瞳もまた、明確な"恋"だった。


 なんて不安定で、いびつな矢印の交差。

 こんなもの、長く保つはずがない。ちょっとしたきっかけで、誰かが致命的に傷つき、音を立てて崩れ去るだろう。


 なら、私はどうする?

 無理やり彼を奪いにかかるような、美しくない手は使わない。


 なにか、きっかけがあればいい。

 彼が、私を必要とするような、そんな"きっかけ"が。



 ――


 冬休みが目前に迫った、ある日の放課後。

 私は、教室に悠希ちゃんが来たタイミングで、三人に声をかけた。


「ねえ。お正月、四人で初詣に行かない?」


 私が"四人"で出かけようと提案したのは、これが初めてだった。

 井神くんは少し驚いた顔をした後、隣の茉依ちゃんを見て「行く?」と確認した。

 茉依ちゃんは、ちらりと悠希ちゃんを見てから「……行こうかな」と遠慮がちに答えた。

 悠希ちゃんも、無表情ながら瞳を輝かせて「行きます」と頷く。


「決まりね。楽しみにしてるわ」


 私は、笑顔でそう告げた。

 この誘いが、まさかあんな残酷な悲劇の幕開けになるとは、このとき誰にも――私自身ですら、知る由もなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回更新は、4/28予定です。


本作を少しでも楽しんでいただけましたら、感想やブックマーク登録、評価などをいただけますと執筆の大きな励みになります。


引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!

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