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幕間:双子の遊戯と、自己を肯定する夜

 ――side. 井神 凉――


 朝。いつものコンビニ前。

 今日は俺が一番最初に着いたので、スマホを見ながら待っていると、玲茄が歩いてきた。


「おはよ、凉」

「ああ、おはよう」


 玲茄と他愛のない会話を交わしながら、茉依と悠希が来るのを待つ。

 しばらくして、玲茄が突然「……ふふっ」と肩を揺らして笑い始めた。


「ん? どうしたんだ?」

 俺が玲茄の視線の先――後ろを振り返ると。


 そこには、見慣れた制服姿の『中里悠希』が、二人立っていた。

 そして、二人の悠希は、全く同じタイミングで口を開いた。


「「おはようございます。凉くん。玲茄」」


 寸分違わぬ、同じ表情。同じ声のトーン。同じ立ち姿。

 ……見分けがつかない。


 二人の悠希は、スッと俺の前に立ち塞がり、「「さあ、どっちですか?」」と、無表情のまま静かな圧をかけてきた。


「……はぁ」


 俺は小さくため息をつき、隣でニヤニヤと面白がっている玲茄へ自分のバッグを預けた。

 そして、周囲に他の生徒や通行人がいないことを素早く確認する。


 俺は両手を下へと伸ばし、"とある部分"を無造作に、同時に鷲掴みにした。

 二人は抵抗することもなく、じっと無表情のまま俺の顔を見つめている。


(……左の悠希の方が、少しだけ肉付きがいい。こっちが本物だ)


 見抜いた俺は、そのまま手を離し、左の悠希の頭をポンと撫でた後、右の悠希のほっぺたを両手で包み込むように撫でた。


 その行動だけで、俺が見分けをつけたことを二人は理解したようだ。

 ピタリと止まっていた無表情が崩れ、二人同時に、いつものそれぞれの笑顔へと変わる。


「……正解です、凉くん」

「えへへ、さすがだね、りょーくん!」

「お前らな……朝から心臓に悪いだろ」


 俺は玲茄からバッグを受け取り、「行くぞ」と歩き出した。


「ふふっ。そんな方法で判断がつくなんて。……見た目では、やっぱり見分けつかない?」

 横を歩く玲茄が、楽しそうにからかってくる。


「ああ。茉依の被っているウィッグの質感でも判断つかないしな。視覚情報だけじゃ無理だな」


 俺は困ったなと思いつつ、玲茄からヘアピンを一本借りると、歩きながら右の悠希(茉依)のブレザーの胸ポケットに、スッと差し込んだ。



 ――


 学校に着き、教室のドアを開けた瞬間。

 茉依と悠希の姿を見たクラスメイトたちが、一斉に「ザワッ」とどよめいた。


「ま、待って! ボクが当てる!」


 白峰が興奮した様子で駆け寄ってきて、高らかに宣言する。

 彼女はしばらく無表情の二人を至近距離で見比べた後、「……ごめん、何か喋ってみて」と要求した。


「私が悠希です」

「私が悠希です」


 左と右から、全く同じ声とイントネーションで発せられた言葉。

 白峰は「うわぁぁぁ!」と頭を抱え、「ごめん、ギブアップ! わっかんない!」と早々に降参した。

 周囲のクラスメイトたちも、「すげー!」「マジでわかんねー!」と二人を囲んで騒ぎ立てている。


「お前はわかったのか、凉?」

 近づいてきた隆一に聞かれ、俺はヘアピンを挿している右の方を顎でしゃくった。


「あっちが茉依だ」

「マジか……お前すげぇな」


 感心する隆一に、俺は内心で『ズルをしただけだがな』と苦笑した。


 その後も、この"悠希の増殖"は学校中を巻き込んでいった。

 ホームルームでは担任の佐藤先生が大混乱を起こし、昼休みに廊下ですれ違ったみこねぇは「おぉー……」と感嘆の声を上げて二人を見比べていた。

 極めつけは放課後。嵐田のところへ行くと言うのでついていったら、嵐田が『中里悠希が……二人だと……!?』と、呼吸を忘れるほど本気で思考停止に陥っていた。


 一日中、学校の話題を掻っ攫い、周囲を大いに騒がせた双子だった。



 ――


 夕方。帰宅し、家の前で三人が来るのを待つ。

 すると、遠くから歩いてきた茉依は、すでに悠希の擬態を解き、いつもの『中里茉依』の姿に戻っていた。


「あー、面白かった!」

 茉依が満面の笑みで駆け寄ってくる。


 四人でいつものように夕食を取り、和やかに過ごす。今日は、茉依が泊まる日だ。


 食後、帰る準備をしている玲茄が、俺のそばに近づき、こそっと耳打ちをしてきた。


「……茉依、少し精神的に弱っているみたいだから。優しくしてあげて。話も、ちゃんと聞いてあげてね」

「……ああ、わかった」


 玲茄と悠希が帰り、俺と茉依は二人で風呂を済ませる。

 髪を乾かし終わった茉依が、リビングのソファに座る俺の膝の上へ、正面からまたがるようにして抱きついてきた。


 しばらく、無言の時間が流れる。

 俺は茉依の背中に手を回し、彼女の髪を優しく撫で続けた。

 やがて、俺の首筋に顔を埋めたまま、茉依がポツリと呟いた。


「……りょーくんが、あの時、私を助けてくれなかったら。私はずっと、あんな風だったと思うの」


 茉依の過去。

 悠希を救えなかったという罪悪感。双子である自分の存在意義を見失い、心を病んでしまった彼女のトラウマ。


「悠希は、あれが悠希だけど。……私は、今の私が、"私"なの。でも……この私を掬い上げてくれたのは、りょーくんだけなの」


 震える茉依の声を聴きながら。

 俺は、今日の彼女の奇行――完璧すぎる悠希への擬態が、茉依なりの"自分自身へのテスト"のようなものだったのだと理解した。


 自分が自分であるために。

 周囲がどれだけ騙されても、俺だけは『中里茉依』という存在を絶対に見失わないという確証を得るための、哀しい確認作業。


「……茉依は茉依だ。俺の、茉依だ」


 俺がそう言って頭を撫でると、茉依は俺の首筋に顔を押し付け、小さく、何度も頷いた。


 やがて、茉依はゆっくりと体を離し。

 潤んだ瞳で俺を見つめながら、俺の腕を引いた。


「ねー……りょーくん。ちょっと早いけど……お部屋、行こ?」



 ――


 翌日の早朝。


 俺が先に目を覚ますと、隣で茉依が、安心しきった顔でスースーと寝息を立てていた。

 俺はそっと茉依の頭を撫でる。


「んんっ……」


 茉依が甘い声を漏らしながら、だんだんと覚醒していく。

 彼女は薄く目を開けると、俺の存在に気づき、ふにゃりとだらしない笑顔を浮かべた。


「あぁ……。りょーくんだぁ……。しあわせー……っ」


 茉依が俺の首に腕を回し、ギュッと抱きついてくる。

 そのまま、アラームが現実の朝を告げるまで。俺たちは薄暗い部屋の中で、ただ静かに互いの体温を分け合っていた。



 ――


 いつものコンビニ前。


 今日も俺が一番最初に着いたので待っていると、玲茄が歩いてきた。


「おはよ、凉」

「ああ、おはよう」


 玲茄と喋りながら、茉依と悠希が来るのを待っていると。


「りょーくーーん!!」


 という、元気いっぱいの声と共に、背中から『どんっ!』と勢いよく抱きつかれた。

(茉依のやつ、朝から元気だな)

 俺が苦笑しながら振り返ると――。


「えへへーっ! びっくりした?」


 そこには、満面の笑顔を浮かべた……『中里悠希』がいた。

 そして、少し後ろの方で、いつものミディアムボブの『茉依』が、困ったように苦笑いして立っている。


「……今度は、こっちのパターンかよ」


 俺は呆れたようにため息をつき。

 この双子の果てしない、けれど愛おしい"遊戯"に、ただ朝の青空を見上げるしかなかった。

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