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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第一章 四人でいることが、日常だった
9/72

いつも通り、また明日

 ――side. 井神 凉――


 日曜日の夜。


 夕食を終えて、食器も片付いて、テレビの音だけがリビングに流れている。

 そろそろ風呂の時間だな、と思った、その時だった。


「ねえ」


 開いていたノートを閉じながら、茉依が思いついたような、あるいは最初から決めていたような声で言った。


「今日はさー、みんなで入らない?」


 一瞬、思考が止まる。


「……風呂にか?」


 聞き返した俺より先に、


「いいわね」

「賛成です」


 玲茄と悠希が、ほとんど間を置かずに頷いた。

 そこに躊躇いも、気恥ずかしさもない。


「……」


「なんか、うれしそうね」

「そりゃーそうだよねー。おとこのこだもんねー」

「……凉くんらしいです、そういうところ」


 三方向から当然のように包囲され、反論の言葉は見つからない。


「……先、行ってるからな」


 そう答えるのが、精一杯だった。



 ――


 風呂。


 立ち込める熱い湯気。

 いつもは一人、あるいは二人で使う空間が、今日は四人分の体温で満たされている。


 いつもより、少しだけ騒がしく。けれど、どこか厳かでもあった。


「……洗ってあげる」

「目、閉じてくださいね。沁みますから」


 気がつけば、三人に囲まれていた。

 肌に触れる手が重なり、石鹸の泡が白く俺の身体を覆っていく。


「……お前らさ」

「なに?」

「なにか不満ですか?」


 言葉を続ける前に、柔らかな泡がすべてを飲み込んでいく。

 甘く、重たい時間が、湿った湯気の中に溶けて消える。


 長くは、いなかった。

 それでも、四人の境界線が曖昧になるには、十分すぎるほどの熱だった。



 ――


 布団に入る時間が、いつもより少し早い。

 灯りを消せば、そこはもう誰の目も届かない深海だ。


 誰からともなく、四人の距離がゼロになる。

 触れているのが当たり前。重なっているのが前提。

 四つの鼓動が、一つのリズムを刻むように重なり合う。


「……日曜、終わっちゃうね」

「明日から学校かー。やだなぁ」

「早いです。ずっと、このままならいいのに」


 意味のない言葉。けれど、それは四人全員の切実な祈りでもあった。

 会話はそれきり。

 あとは、いつもの流れに身を任せる。


 互いの呼吸を確かめ合いながら、意識はゆっくりと深い場所へ沈んでいった。



 ――


 目を覚ますと、すぐ隣に誰かの体温を感じた。


 まだ、外からの光は届いていない。

 朝と呼ぶには早く、夜が完全に終わったとも言えない、淡い藍色の時間。


 昨日までの出来事が、ゆっくりと頭の中で形を取り戻していく。


 日曜。内側だけで完結し、完成していた一日。

 外の世界と切り離されて、時間の流れすら俺たちの都合で止まっていた。


 だが、月曜が来る。

 外側が、また俺たちを"普通の高校生"として扱い始める時間が。


 それでも、不思議と胸は静かだった。

 この布団の中で共有した熱が、俺を支える骨組みになっているのがわかるから。


「ふぅ……」


 小さく吐いた息に反応したのか、隣の気配がわずかに動いた。

 誰かの指先が、無意識に俺のシャツを掴む。


 カーテンの向こうで、春の朝がゆっくりと準備を始めている。

 四人でいるための、新しい一日が。


 ――また、日常が始まる。

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