外側の熱は、内側を温めない
――side. 井神 凉――
放課後の下駄箱。
周囲を満たしていたざわめきが、潮が引くように一瞬で薄れていくのがわかった。
靴を履き替えようとしていた茉依の前に、見知らぬ一年生の男子生徒が立ち塞がっていたからだ。
顔を朱に染め、両手を硬く握りしめている。
「一目見た時から好きでした。……付き合ってください!」
周囲の生徒たちが足を止め、息を潜めて成り行きを見守っている。
期待と、好奇心。青春のひとコマによくある、ひどく月並みで熱を帯びた空気。
けれど、告白を受けた茉依の反応は、周囲の温度から完全に孤立していた。
「え、私に? うわー、ありがとう! すっごく嬉しい!」
茉依は、いつもの明るく溌溂としたトーンで、花が咲くように笑ってみせた。
男子生徒の顔に、パッと希望の光がともる。
だが、次の瞬間。
茉依の瞳の奥から、一切の感情がスッと抜け落ちた。
「でも、ごめんね。付き合えないよ」
声のトーンは明るいままだった。
口角も、非の打ち所がないほど綺麗に上がっている。
ただ、その両目だけが、ひどく透明で無機質な色を浮かべていた。
「あ……えっと……」
男子生徒は、失恋のショックというよりも、得体の知れない何かに触れてしまったような顔で硬直した。
茉依はそれ以上彼に視線を向けることはなく、ひらりと身を翻す。
彼はその後ろ姿に手を伸ばし、何か声を出そうとしているようだったが、言葉にはなっていなかった。
俺と、玲茄と、悠希は、数歩先で待っていた。
玲茄は退屈そうに手鏡で前髪を確認し、悠希は一切の感情を削ぎ落とした顔で一連の様子を眺めていた。俺も含め、誰も今の出来事について触れようとはしない。
「お待たせー! 行こっか、りょーくん」
茉依が俺の腕に自然に自分の腕を絡め、甘い体温を押し付けてくる。
「ああ」
俺たちは再び、四人でひとつの塊になって歩き出す。
背中に突き刺さる周囲の視線も、立ち尽くす男子生徒の存在も。俺たちにとっては、すでに"処理"が完了した取るに足らない出来事でしかなかった。
――
この一件や、先日の三年生からの干渉もあってか。
それからしばらくの間、校内は奇妙な熱を帯びていた。
廊下を歩けば、ひそひそとした囁きが鼓膜を撫でる。
『あいつら、絶対におかしい』
『……なんか、気持ち悪くない?』
粘り気のある、不快な温度を持った悪意と好奇心。
それは確かに、俺たちを取り囲む空気を濁らせていた。
ある日、移動教室の廊下で、以前俺たちに絡んできた三年生のグループとすれ違った。
彼らは立ち止まり、まるで俺たちの綻びを探すように、ねっとりとした視線を向けてくる。何かを言い出そうと、一人が口を開きかけた。
だが。
「……」
玲茄が、歩みを一歩も緩めないまま、ただ冷たい流し目で彼らを射抜いた。
悠希も、その瞳に冷徹な拒絶を宿している。
俺たちを覆う、見えない硝子の壁。
それを肌で直感したのか、三年生たちは小さく舌打ちをして、逃げるように視線を逸らした。
外側の熱がどれだけ高くても、俺たちの内側を温めることはできない。
俺たちが周囲のノイズに一切の反応を示さず、ただひたすらに"四人の日常"を貫き続けていると、やがて学校の空気も諦めたように熱を失っていった。
――
帰り道。
「やっと、静かになりました」
悠希が、俺の隣を歩きながらぽつりと言った。
「みんな、飽きたんでしょうね。そんなものよ」
玲茄が前を向きながら、つまらなそうに淡々と返す。
「だねー。どうせ時間の無駄なのに」
茉依も、今日のおやつの話をするときとまったく同じ、軽やかなテンションで同調した。
「そうだな」
俺は短く同意し、三人の気配をすぐそばに感じながら歩を進める。
外側の人間が何を言おうと、どれだけ不気味に思おうと。
俺たちの形は、変わらない。




