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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第一章 四人でいることが、日常だった
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外側の熱は、内側を温めない

 ――side. 井神 凉――


 放課後の下駄箱。

 ざわめきが、波のようにサッと引いていくのが分かった。


 靴を履き替えようとした茉依の前に、見知らぬ一年生の男子生徒が立ち塞がっていたからだ。

 顔を真っ赤にして、両手を硬く握りしめている。


「一目見た時から好きでした。……付き合ってください!」


 周囲の生徒たちが足を止め、息を呑んで成り行きを見守っている。

 期待と、好奇心。青春のひとコマによくある、熱を帯びた空気。


 けれど、告白を受けた茉依の反応は、周囲の温度から完全に孤立していた。


「え、私に? うわー、ありがとう! すっごく嬉しい!」


 茉依は、いつもの明るく溌溂としたトーンで、花が咲くように笑った。

 男子生徒の顔に、パッと希望の光がともる。


 だが、次の瞬間。

 茉依の瞳から、一切の感情がスッと抜け落ちた。


「でも、ごめんね。付き合えないよ」


 声のトーンは明るいままだった。

 口角も、綺麗に上がっている。

 ただ、その目だけが、彼に焦点が合っていない、ひどく透明で無機質な色をしていた。


「あ……えっと……」


 男子生徒は、失恋のショックというよりも、得体の知れない壁に触れてしまったような顔で硬直した。


 茉依はそれ以上彼を見ることはなく、ひらりと身を翻す。

 彼は、その後ろ姿に手を伸ばし、なにか声を出そうとしているが、言葉になっていなかった。


 俺と、玲茄と、悠希は、数歩先で待っていた。

 玲茄は退屈そうに鏡で前髪を確認し、悠希は無表情で一連の様子を見ていた。誰も、今の出来事について触れようともしない。


「お待たせー! 行こっか、りょーくん」

 茉依が俺の腕に自然に自分の腕を絡め、甘い体温を押し付けてくる。


「ああ」


 俺たちは再び、四人でひとつの塊になって歩き出す。

 背中に突き刺さる周囲の視線も、立ち尽くす男子生徒の存在も、俺たちにとってはすでに終わった出来事でしかなかった。



 ――


 この一件や、先日の三年生からの干渉もあってか。

 それからしばらく、校内は奇妙な熱を帯びていた。


 廊下を歩けば、ひそひそとした囁きが鼓膜を撫でる。

『あいつら、絶対におかしい』

『いつも四人だけで……なんか、気持ち悪くない?』


 粘り気のある、不快な温度を持った悪意と好奇心。

 それは確かに、俺たちを取り囲む空気を濁らせていた。


 ある日、移動教室の廊下で、以前俺たちに絡んできた三年生のグループとすれ違った。

 彼らは立ち止まり、まるで俺たちの綻びを探すように、ねっとりとした視線を向けてくる。何かを言い出そうと、一人が口を開きかけた。


 だが。


「……」


 玲茄が、歩みを止めないまま、ただ冷たい流し目で彼らを射抜いた。

 悠希も、一切の感情を排した顔のまま、その目には冷徹な拒絶を宿している。


 俺たちを覆う見えない硝子の壁。

 それを直感したのか、三年生たちは舌打ちをして、逃げるように視線を逸らした。


 外側の熱がどれだけ高くても、俺たちの内側を温めることはできない。


 俺たちが周囲のノイズに一切の反応を示さず、ただひたすらに"四人の日常"を貫き続けていると、やがて学校の空気も諦めたように熱を失っていった。



 ――帰り道。


「やっと、静かになりました」

 悠希が、俺の隣を歩きながらぽつりと言った。


「みんな、飽きたんでしょうね。そんなものよ」

 玲茄が前を向きながら、つまらなそうに淡々と返す。


「だねー。どうせ時間の無駄なのに」

 茉依も、今日のおやつの話をするときと全く同じ、軽やかなテンションで同調した。


「そうだな」

 俺は短く同意し、三人の気配をすぐそばに感じながら歩を進める。


 外側の人間が何を言おうと、どれだけ不気味に思おうと、俺たちの形は変わらない。


 俺たちは、今日も四人で歩いている。

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