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自覚なき同化、濁りのない狂気

――side. 四谷 佳蓮――


 慶が泣きながら私の部屋にやってきたあの日から、数週間が経った。


 その後の慶はというと、以前のように明るく、楽しそうに学校へ通っていた。

『お姉ちゃんのアドバイス通り、うちはうちのルールで一緒にいることにしたよ!』と、晴れやかな笑顔で報告してくれた時は、心底ホッとしたものだ。

 きっと、彼らとは適度な距離を保ちつつ、少し変わった"友達以上・恋人未満"くらいの、彼女なりの心地よいポジションを見つけたのだろう。


(……本当に、よかったよかった)


 私は、ちょうど客の波が引いたタイミングで、商品を陳列しながら一人頷いていた。

 可愛い妹の恋が、ひとまずは落ち着いたのだ。姉としてこんなに嬉しいことはない。


 ポーン、と。

 来店を知らせるチャイムが鳴り、複数人の客が店に入ってくる気配がした。


「いらっしゃいま――」


 営業スマイルを浮かべて振り返った私は。

 そのまま、全身の血が凍りつき、石像のように固まってしまった。


 視界に飛び込んできたのは、見間違えるはずもない、あの異様な美男美女の集団。

 スタイルのいい薄褐色肌の子。双子の明るい子。双子のおとなしい子。モデルのような美人の子。

 その中心には、あの男の子が、堂々とした態度で立っている。


 だが、私が唖然として言葉を失った理由は、それだけではない。

 その五人の集団の中に、まったく違和感なく溶け込んでいる"六人目"の姿があったからだ。


「ねぇ。ここ、お姉ちゃんの職場なんだけど? ここで買うの? 凉もなんでそんな堂々と下着見てるの!」


 うちの妹だった。

 慶は、ピンク色の、大人っぽいレースのランジェリーを男の子に手渡され、顔を真っ赤にしていた。


「……慶は、ピンクだな。デザインもこの路線が一番似合う」

「な、なんでそんな真剣にうちの下着選んでんのさ! で、でも、凉が選んでくれたなら、そのデザインの、買おうかな……」


 男の子の冷静な評価を聞いて、慶は感情豊かに、嬉しそうに笑っている。

 他の四人の女たちも、そんな慶に嫉妬する様子もなく、「慶、よかったわね」「うんうん、似合うと思う」と微笑ましく見守っていた。


(――――は?)


 私の脳内は、完全にバグを起こしていた。


 なんだあれは。

 妹は、「うちのルールで一緒にいる」と言っていたはずだ。一線を引いて、自分を保っていると。

 それなのに、なんだあの光景は。

 好きな男と、その男を共有している四人の女たちと一緒にランジェリーショップに来て、その男に自分が穿く下着を選ばせている!?


 そんなの、どう贔屓目に見ても『完全に狂ったハーレムの一員』にしか見えないじゃないか!!


(慶! あんた、自分がどれだけ変なことしてるか自覚ないの!?)


 心の中で絶叫するが、声が出ない。

 慶の表情には、一抹の迷いも、疑念も、違和感すらなかった。彼女は本気で、「自分は普通の女の子として、ちょっと特別な恋愛をしているだけ」だと信じ込んでいるのだ。


 私が『自分の好きにすればいい』と背中を押した結果が、これだ。

 慶は、あのおかしな世界に首まで浸かりながら、自分は正常だと思い込むための"最悪の免罪符"を手に入れてしまっていた。


「あ」


 レジへと向かおうとした慶が、硬直している私に気づいた。

 慶は、一人で私の目の前まで歩いてくると、商品と一緒にポイントカードを差し出した。


「やっぱりお姉ちゃん居る……ごめんね、騒がしくして。これお願い」

「……あ、う、うん……」


 私は、ガクガクと震える手で、妹が"好きな男に選んでもらった下着"のバーコードを読み取った。

 会計をしていると、男の子が歩いて近づいてきた。彼と目が合うと、「慶のお姉さんですか? 初めまして」と挨拶をし、底知れない凪いだ瞳で私を見下ろした。

 その後ろでは、薄褐色の女の子が「ふふっ」と、すべてを見透かしたような妖艶な笑みを浮かべていた。


「五千八百円に、なります……」


 機械のように会計を済ませ、紙袋を渡す。

 慶はそれを受け取ると、なんの濁りもない、本当に幸せそうな笑顔を私に向けた。


「ありがと! それじゃあ、お姉ちゃん――仕事、頑張ってね!」

「……っ」


 慶はヒラヒラと手を振り、男の子たちと連れ立って、仲睦まじく店を出ていった。


「……あ……ああ……」


 遠ざかる六人の背中。

 その中で、楽しそうに男の子の腕に触れる慶の姿を見送った私は。


 レジカウンターに手をつき、ただただ、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

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