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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第一章 四人でいることが、日常だった
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誰もいない夜

――side. 井神 凉――


夜。

本来なら、今日は玲茄が泊まる日だった。


「今日は帰るわね」


そう言われた時は、特別な理由があるようには聞こえなかった。

たまにあることだ。


「そっか」

「また明日」


会話はそれだけで終わる。

こういう日は、次の順番である茉依か悠希が繰り上げて泊まる。それが、いつもの流れだ。


……だったはずだが。


「私も今日は帰るねー。明日、朝早いんだよ」

茉依はそう言って、軽やかに鞄を肩にかけた。


「悠希は?」

「私もです。……今日は、お家でやることがあって」


三人とも、同じような温度で、同じ方向を向いている。

事前に相談した様子も、その場で示し合わせた気配もない。


ただ、流れるようにそうなった、というだけ。


「じゃあ」

「またねー」

「おやすみなさい」


玄関で三人を見送って、鍵を閉める。

ガチャ、という金属音が、やけに重く家の中に響いた。


――静かだ。


テレビもつけていない。キッチンも暗い。

ついさっきまでこの空間に満ちていた、三人の気配と生活音が、潮が引くように一気に消え去っている。


俺はリビングに立ったまま、しばらく動けなかった。


誰もいない。

それだけのことなのに、思考に奇妙な空白ができる。


「……」


ソファに腰を下ろす。

いつも誰かが座り、俺に体温を預けてくる場所。

右を見ても左を見ても、今はぽっかりと空間が空いているだけだ。


今日は、肩にかかる髪の感触もない。

俺の反応を確かめるような、甘い視線もない。


それを"物足りない"と思うのか、あるいは"自由だ"と思うのか。

自分でもよく分からなかった。


寂しいとは違う。落ち着かないわけでもない。


ただ、一人でいるという感覚を、すぐには思い出せなかった。

自分だけの、誰の目も意識しなくていい夜。


風呂に入り、明日の準備を済ませ、歯を磨く。

コップを洗う音も、衣擦れの音も、すべてが一人分だ。

支度はいつもより早く終わった。


部屋の明かりを消し、布団に入る。


シーツは、驚くほど平坦だった。

くしゃりと音を立てて沈み込むのは、俺一人分の重さだけ。


暗闇の中で、天井を見る。


――思えば。


この一年、こうして完全に一人で夜を迎えることは、ほとんどなかった。

常に誰かがいて、別の呼吸があって、直接触れていなくても、すぐそこに"他者"がいた。

それが、俺が維持し続けてきた"形"だったから。


一人でも、眠れる。

明日も、普通に朝は来る。


何かが欠けた感覚は、どこにもなかった。

今日はそういう日だった、というだけのことだ。


静かな部屋で、自分の心臓の音だけが一定のリズムで聞こえる。

目を閉じる。

明日になれば、また四人で並んで登校する。それを一ミリも疑っていない自分がいた。



――朝。


目覚ましが鳴る前に、ふと目が覚めた。

いつもより、少しだけ深く、すっきりとした目覚めだった。


支度をして、家を出る。

春の風が、昨日より少しだけ冷たく感じられた。



――


いつものコンビニの前で、三人の姿を見つける。

目が合って、吸い込まれるように自然に合流する。

その距離感は、寸分違わずいつも通りだった。


「おはよ、凉」

「りょーくん、おはよー! よく眠れた?」

「おはようございます、凉くん」


「まあな」


それ以上、何かを言う必要はなかった。

誰も泊まらなかった夜を経て、俺たちは何一つ変わっていなかった。


俺たちは、今日も四人でいる。

それ以上の理由は、ない。

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