日常の輪郭
――side. 井神 凉――
放課後。
四人で校門を出て、そのまま俺の家の方へ向かって歩く。
理由は単純だ。全員の家が同じ方向で、しかも歩いてすぐの距離にあるから。
三人が一度それぞれの家へ帰り、身支度をしてから俺の家の前に再集合する。
俺は三人が揃うまで、家の前で待つ。
それが、俺たちの放課後のルーチンだった。
やがて、三人の姿が角から現れる。
俺はそこで初めて、ポケットから鍵を取り出した。
「今日なに作る?」
「昨日、卵安かったから買っておいたよね」
「私、今日はお肉が食べたいです」
他愛もない会話をしながら、鍵を開ける。
「ただいま」
「おじゃましまーす」
玄関に四人分の靴が当然のように並ぶ光景は、高校一年の頃から変わっていない。
俺の両親は海外で仕事をしている。帰ってくるのは年に数回。
だから、この家は――事実上、俺たち四人の"拠点"だ。
キッチンに立つのは、だいたい玲茄と悠希だ。茉依はその横で賑やかに補助に徹している。俺はその間、リビングのテーブルを拭いたり、軽く掃除機をかけたりする。
「はい、お待たせ。できたよ」
「うわ、うまそー!」
「いただきます」
四人で並んで、夕食を囲む。
学校の話。次の休日の予定の話。どうでもいい動画の話。
ここでは、純粋な四人だけの時間が流れている。
――
食器を片付けてから、三人はリビングのテーブルで、同じデザインのノートを開き、何かを書き留めている。
俺はソファに深く腰掛け、スマホに届く通知を淡々と処理する。
いつもこの時間は、ペン先の音だけが部屋を満たしていく。
「そろそろ帰る時間かなー」
「今日は、悠希の番ね」
ノートを閉じた玲茄が、スケジュールの確認のように言った。
「はい。今日は私です」
"順番"に、誰か一人がこの家に残り、俺の部屋で夜を共にする。
それが、もう一年も淀みなく続いている俺たちの"日常"だった。
――深夜・寝室
部屋の明かりを消し、布団に入る。
隣で、シーツが微かな衣擦れの音を立てた。
昼間よりもずっと、互いの体温が近い。
「……おやすみなさい、凉くん」
「おやすみ」
悠希の声は、暗闇に溶けるように柔らかく、甘い。
吐息の輪郭がはっきりと分かるほどの距離。
同じ布団。同じ天井。
布団の中で、自然に指先が絡み合う。それを拒む理由は、俺の中には一つも存在しない。
――数分ほどの、静かな沈黙。
やがて、シーツが微かに擦れた。
「ねえ、凉くん」
「なに」
「もっと、くっついても……いいですか」
それは質問というより、確認だった。
冷えかけた空気の中で、互いの境界線を確かめ合うような。
「当たり前だろ。おいで」
少しだけ笑って答えると、悠希は安心したように、小さく長い息を吐いた。
しばらくの間、何も言わずに、ただ布団の中の距離がゆっくりと埋まっていく。
「……近いですね」
そう言いながらも、彼女は決して離れようとはしない。
至近距離で視線が絡み、呼吸の熱が肌に触れる。
俺がすべてを受け入れるように腕を回すと、悠希はほんの一瞬だけ睫毛を震わせ、顔を上げた。
触れるだけの、短く、軽い口づけ。
それから先、言葉は必要なくなった。
シーツが沈む音、重なる鼓動。
明かりの消えた部屋で、天井を見つめていた意識が、だんだんと遠い場所へと溶けていく。
やがて、静かな部屋に二人の呼吸が一つに揃っていった。
――
まだ外が薄暗い、早朝。
「そろそろ帰りますね」
「ああ」
玄関まで見送る。
「では、またあとで」
「気を付けてな」
鍵を閉めると、家の中にはまた静寂が戻ってくる。
いつもの朝。いつもの光景。
しばらくして、俺も自分の身支度を始める。
数時間後には、また校門の前で、四人で並んで登校するのだ。
――
これが、俺たちの日常だ。
高校一年から積み上げてきたこの生活は、もはや一つの"形"になっている。
今日も誰かが残り、朝になったら帰っていく。
俺たちは四人でいる。
学校の外でも、内でも。昼も、夜も。
その事実は、これからも変わらない。




