不可侵の四角形
――side. 三年男子生徒――
正直に言えば。
あの四人は、ずるい。
手を伸ばす前から、すでにこちらの負けが決まっているような気がして。
井神凉は、背が高く常に落ち着いている。前に出すぎないのに、確かな存在感がある。
宮藤玲茄は、派手で、美しくて、でも隙がない。視線を嫌でも奪うくせに、誰ひとりとして寄せ付けない。
中里姉妹に至っては、一人だけでも十分に華があるのに、並ぶと息を呑むほどの完成度を放っていた。
――だから、誰だって思う。
付き合いたい。せめて、もっと仲良くなりたい。
できることなら、一歩だけでも彼女たちの近くへ。
そのために、チャンスはずっと探していた。
移動教室で男女が分かれたとき。放課後、たまたま一人でいる瞬間。
「そのネイル、いいね」
「テストどうだった?」
会話は成立する。笑顔も返ってくる。
――でも。
ほんの一歩、その内側へ距離を詰めようとした瞬間。
「ごめん、今日はちょっと」
「今はいいかなー」
「また今度お願いします」
口調も、表情も、理由すらもバラバラなのに、突きつけられる結論だけは同じだった。
拒絶はいつも柔らかく、角も残さない。
それはまるで――初めから"そこから先の道"なんて存在しないみたいだった。
「あの四人の関係、崩せないだろ」
「一人だけ引っ張るとか、できる気しねぇわ」
皆、心のどこかでわかっていたのだ。攻略法なんてない。
だから――自分の中で、都合よく理屈を捻じ曲げるしかなくなる。
「あれさ。……普通じゃないってことにすればよくね?」
澱んでいた空気が、少しだけ動いた。
「距離が近すぎるとか」
「互いに依存しあってるとか」
「どっかで無理してる、とかさ」
先輩としての忠告、真っ当な助言。そう決めつけてしまえば、土足で踏み込む口実になる。
異常を正してやるという名目なら、いくらでも正当化できるから。
――たとえその本音が、ただの身勝手な下心だったとしても。
――side. 井神 凉――
放課後の昇降口。
背後から呼び止められた瞬間、だいたいの察しはついた。
三年の先輩が、三人。
彼らの視線は俺だけじゃなく、背後に控える玲茄たちへ露骨に向けられている。
(ああ、なるほど)
そういう類の用件か。
「わりぃな。ちょっと話、いいか?」
先輩が一歩近づいてきた瞬間、背後で玲茄が前に出ようとする気配がした。
俺は視線だけを動かし、片手で軽く彼女を制する。
「大丈夫」
小さく告げてから、俺は先輩たちへ向き直った。
「なんですか」
「いや、その……お前ら、目立つからさ。距離、近すぎじゃね? 普通はもっと、こう……あるだろ」
必死に言葉を選んでいるのが透けて見えて、逆にわかりやすい。
「変な誤解されるぞ。お前らのためにも良くないと思ってさ」
誤解、ね。
「……誰に、ですか」
俺が静かに問い返すと、先輩は一瞬だけ玲茄たちへ視線を流し、曖昧に笑った。
その反応だけで、十分だった。
忠告の形を取った、ただの卑屈な下心。
「ずっと四人で固まってるけどさ。正直ちょっと、不自然だよな。いつも同じメンバーって、疲れないか? 他にも、楽しい選択肢はあるはずだぜ」
先輩がさらに言葉を重ねようとした、その時だった。
「……疲れませんよ」
悠希が、俺の背後から即座に答えた。
表情は笑顔のまま、声の温度だけがすっと冷え切っている。
「私たちは、これで納得していますから」
「うん、そうだよね!」
茉依が、どこ吹く風といった様子で屈託なく笑い飛ばす。
そして最後に、玲茄が腕を組んだまま、氷のような視線で先輩たちを真っ直ぐに射抜いた。
「……私たちのことに、部外者が踏み込まないでもらえますか」
――揺れない。
彼女たちの声には、驚くほど迷いがなかった。
「……後で、気づいても遅いぞ」
「大丈夫です」
俺の即答に、先輩たちはそれ以上言葉を続けることができず、逃げるように去っていった。
――
帰り道。
傾きかけた春の太陽が、俺たちの影をアスファルトに落としている。
「ああいうの、久しぶりね」
「たまに来るよねー」
「はい。時間の無駄でした」
三人の声は、いつも通りだった。
歩幅も揃って、先ほどの事なんて一ミリも引きずっていない。
届かないものほど、触れたくなる。
触れられないものほど、崩したくなる。
それが、外側の人間が押し付けてくる勝手な理屈なのだろう。
――でも、それは。
俺たちとは一切関係のない、どうでもいいノイズでしかない。
俺たちは、四人だ。
誰かが割り込む余地なんて、存在しない。




