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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第一章 四人でいることが、日常だった
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指導する理由が、見つからない

――side. 担任教師――


私立折崎高校、二年A組。

このクラスの担任になって、三週間ほどが過ぎた。


教室は今日も騒がしい。

朝特有の、埃が光に舞うような、少しだけ浮ついた空気。


――普通だ。


だからこそ、その異質さがどうしても目に付いてしまう。


井神凉。

宮藤玲茄。

それから、中里姉妹――茉依と悠希。


――意識しなくても、視界の端に吸い寄せられてしまう四人の存在。


席は離れている。

授業中に私語を交わすこともない。

態度も、成績も、生活指導上の問題も一切ない。


それなのに――あの四人だけ、空間の"密度"が違うのだ。


示し合わせているわけではない。

ただ、ノートをめくるタイミング、ペンを置く音、ふとした時の視線の動き。

それが、おそろしく精密に揃っている。


(……無意識にやっているのだとしたら、なおさら異様ね)


教師として注意する名目などどこにもない。

それでも、私の直感が、胸の奥で小さな警報を鳴らし続けている。


私は彼らと出会ってまだ日が浅い。去年は三年生の担任だった。

つまり、この関係がどのような過程を経て"組み上げられた"のかを、私は知らない。


完成されすぎたその姿は、私には若さの特権であるはずの"未完成な輝き"ではなく、精巧に作られた造花のように見えてしまうのだ。



――


昼休み。職員室。


提出された書類に目を通していると、背後から声をかけられた。

「二年A組、どうですか? 馴染めそうですか」


声の主は、去年彼らを受け持っていた学年主任だった。

「……ええ。特に大きな問題はありません」


即答だった。それは紛れもない事実だからだ。


「例の四人も、ですか」

「……はい。今のところは」


私がそう答えると、学年主任は苦笑にも似た溜息を零した。

「やっぱり気になりますか。あの、透明な壁のようなものが」


「……正直に言えば、はい。距離感と言い、男女の組み合わせと言い、固定されたあの四人だけが、クラスの中に別の"王国"を作っているように見えます」


学校という集団生活の場において、あまりにも強固なグループは時に"指導対象"になり得る。

だが、学年主任は少しだけ声を落とし、諭すように言った。


「一つだけ、経験から言っておくとですね」

「はい」

「彼らの関係に深入りしようとしてはいけません。……それを始めると、クラス全体が見えなくなります。それが、一番怖い」


忠告というよりは、自分自身に言い聞かせるような――それは、かつて彼らと向き合い、挫折した人間の"実感"だった。


「……そういうものだと思うしか、ないのでしょうか」

「ええ。どうしても気になるなら、学級委員長の白峰さんか、綿部くんに少し相談するといいでしょう。彼らだけが、あなたの言う"王国"の境界線を越えられる"通行証"を持っているようですから」



――


午後の授業。


グループワークの時間がやってくる。

「今日は、自由にグループを組んでください」


その一言を合図に、教室内がガタガタと音を立てて動き出す。

四人は、一瞬の迷いもなく集まった。


誰も異議を唱えない。誰もそこに割り込もうとしない。

周囲の生徒たちも、それを"世界の理"であるかのように受け入れ、彼らを避けるように自分たちの輪を作っていく。


役割分担は、流れるように自然だ。

誰かが前に出すぎることもなく、誰かが取り残されることもない。


(……理想的すぎて、隙がない)


成績も上がる。クラスの秩序も乱れない。

教師としては、賞賛すべき生徒たちだ。

それでも、言葉にならない不気味さが、胸の奥に静かに溜まっていく。



――放課後。


「行こっか」

「はい」

「うん!」


帰りのホームルームの後、四人はいつも通りに教室を出ていく。


――なぜ、彼らは崩れないのか。


高校生の人間関係など、もっと不安定で、不格好なはずだ。

感情が先走り、距離が歪み、どこかで摩擦が生まれる。


けれど、あの四人には、その"ノイズ"が一切聞こえてこない。

管理された温室の中で、完璧な温度と湿度を与えられ、美しく咲き誇る毒花。

あの四人を見ていると、時々、その温室特有の、どこか息の詰まるような甘い匂いがする気がした。


「……考えすぎ、よね」


首を振って思考を打ち切る。

ふと、窓から校門前を見下ろすと、先程教室を出て行った四人が、並んで立ち話をしていた。


思ったより長く、考えに耽っていたようだ。


職員室に戻ろうと視線を外しかけた、その時だった。

井神がポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見つめた。


その瞬間。

まるで外部からの入力に反応した精密機械のように、四人の間にあった"親密な塊"が、スッと霧散した。

一瞬前までの温かな雰囲気は消え失せ、システムを強制的にリセットしたかのような、あまりにも鮮やかな切り替えだった。


井神がスマホをポケットに戻すと、一瞬の静寂が嘘だったかのように、また元の温かな空気に戻っていた。


「……」


私は明日も、教壇に立つ。

けれど、この胸に燻る言いようのない違和感の正体が、ただの"考えすぎ"であることを、願わずにはいられなかった。

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